田んぼを耕す無人トラクター 写真提供:共同通信社

 担い手の減少や高齢化が進む中、日本の農業は大きな転換点を迎えている。人手不足への対応や生産性の向上が課題となる農業の現場で何が起きているのか。本稿では、大量離農により大きく変わりつつある農業の今を描いた『 農業ビジネス』(山口亮子著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集。

 人手不足や生産性向上の切り札として注目を集めるスマート農業。だが稲作への導入について、一筋縄ではいかないことを示すデータが公表された…。

本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2025年8月29日)※内容は掲載当時のもの

進化続くも熟練者の代わりは 今のところ困難

『 農業ビジネス 』(クロスメディア・パブリッシング)

 熟練者ばかりの大規模な稲作経営体が農業用ロボットを体系的に導入すると、むしろ最適な作付け面積が減り、売上高が落ちてしまう――。こんな予測結果が発表されました。

「稲作に関しては、現段階ではロボットを入れても、収量は上がらないんですね。省力化も今日の発表のような状況なので、現実に収量も上がらなくて、省力化の効果も少ないものは当然現場に入らないという…。当たり前と言えば、当たり前なんですが、その結果が今日、極めてクリアーに出てきたのかなと」

 九州大学農学研究院教授(当時)の南石晃明(なんせきてるあき)さんがこう語りました。2021年5月に開かれた「農業情報学会」2021年度年次大会でのことです。南石さんは同会の会長であり、スマート農業で稲作の革新を目指す「農匠ナビ1000」プロジェクトを率いてきました。先進的な稲作経営体や研究機関などと連携した同プロジェクトは、今では法人化して農匠ナビ株式会社になり、開発した自動水門を商品化しています。

 稲作のスマート農業を牽引する1人である南石さんが、こんな感想を語ったのは「農業イノベーションの最新動向と展望」と題された会議でのこと。稲作や施設園芸、畜産現場でのロボットの導入事例が次々と紹介されるなか、特に稲作における導入の前途多難さを感じさせる発表があったからでした。

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 発表者は農研機構・九州沖縄研究センター研究員の馬場研太(ばばけんた)さん。スマート農業のなかでもロボットに焦点を当て、農機や水管理システムのロボット化が経営にどのような効果をもたらすか予測しました。

 具体的には、初心者ばかりで構成する経営体(初心者経営)と、熟練者ばかりの経営体(熟練者経営)を想定しました。導入するロボットは4つで、田植機、コンバイン、トラクターと水管理に使うシステムです。現状ではまだ現れていない「無人状態でシステムによってすべての作業を自律的に行うロボットを仮想的に想定」しました。つまり、ロボットが勝手に作業をしてくれるので、人間は別の作業に従事できるということです。

 関東にある150ヘクタール規模の先進的な稲作経営体の経営に関するデータを踏まえ、予測しました。労働力や降雨による作業の制約も加味しています。

 結果、「初心者経営」は、ロボットを導入する効果が明確に出ました。

「初心者経営につきましては、最適作付け面積は47.6ヘクタール増加、また売上高も0.8億円の大幅な増加になります。このことから、初心者に対する農業用ロボットの技能代替効果は大きいといえます」(馬場さん)

 一方で、「熟練者経営」は、むしろ足を引っ張られる結果になりました。

「熟練者が有する高度な技能を代替できないロボットとなりますので、(中略)『作業リスク制約』の影響をより大きく受け、最適作付け面積が11.8ヘクタールの減、売上高が0.2億円の減となります。いわゆる負の代替効果と言えるかと思います」(同)

「作業リスク制約」とは、特に降雨によって農作業の予定が左右されることを指します。ロボットのほうが熟練者より作業効率が落ちる分、雨天などの影響もより大きくなって、経営への負の影響が強まります。

 つまり、近未来に出現すると期待されている完全な無人状態での作業ができるロボットであっても、どの経営体でも入れたほうがよいとはなりません。従事者の技能水準によって、ロボットを入れるほうがいい場合と、入れないほうがいい場合があるというのです。熟練者ばかりの経営にとって、経営にプラスになる条件は「熟練者の技能水準以上の作業能率を発揮するより高度な農業用ロボットを導入すること」(馬場さん)になります。

 4つのロボットを同時に入れる予測だったので、個別の機械を導入する場合には、また別の結果になるはずです。

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 稲作では、ロボット農機といったスマート農業の技術を導入するか否かの経営判断ができる段階に達していない――。同じ学会において、三重大学生物資源学研究科教授の野中章久(のなかあきひさ)さんはこう指摘しました。

 稲作向けのスマート農業の技術は、酪農といった先進分野に比べると、発展途上にあるのです。

ロボットで変わる 牧場の新常識とは

 国内でロボットの導入が最も進んでいるのが、酪農です。理由は、費用対効果を判断しやすいからです。

 北海道をはじめ先進的な大型の経営体で、人手をかけずに自動で搾乳できる搾乳機や、牛が食べやすいようにエサを移動させるエサ押し機のロボットが活躍しています。

 前者はトラックの荷台くらいの大きさで畜舎内に据え置き、その中に牛が入ると自動で乳房を洗浄し、搾乳機を取り付けて乳を搾ります。人手に頼ると朝晩など決まった時間にしか搾乳できませんが、ロボットだと搾乳の回数を増やせ、搾乳量の向上が可能です。

 後者は業務用掃除機のタンクと同じような大きさで、畜舎にある給餌用の通路を自走します。牛は柵の中から通路に顔を出してエサを食べるので、手前は食べやすいですが、奥にあるエサは食べにくいうえに、食べている間に顔でさらに遠くに押しやってしまいやすいのです。エサを食べやすい位置に人手で押しやるよりも、ロボットのほうが頻繁に作業でき、牛の摂食量が増えます。

 こうした機械は安くありませんが、省力化と搾乳量の増加につながると事前にそろばんをはじけるので、導入の経営判断をしやすいのです。労働時間を短縮できることで、将来このくらいの頭数まで規模を拡大できる、あるいは加工を手掛ける余力が出てくるといった予想が立ちます。

 その点、稲作はこの機械を入れることで、経営をこう変えていけるという予測を立てにくいと三重大学教授の野中章久さんは指摘します。

 稲作に使う既存の農機は、馬力や作業できる幅や大きさ、機能によって、この経営規模ならこの機械が適していると、メーカーのカタログを見ればはっきりわかるようになっています。一方で、スマート農業の技術に関しては「経営が大きければ使えるけど、小さいと使えないといった階層性がなかったりする」(野中さん)。

 そのため、小規模の経営ならこの技術を、初心者による経営ならこの技術を入れるとよいという経営の階層ごとの「モデル化」がまだできていないということです。