
ドイツのヴィットリヒ財団の評議員会議長を務めていたハーマン・サイモン氏(写真右)
写真提供:DPA/共同通信イメージズ
かつて世界第2位の経済大国だった日本が、名目GDPで中国、ドイツに抜かれた。中小企業の割合など共通点が多いドイツと日本だが、なぜこれほどの差がついたのか。10年以上にわたるドイツ現地取材をまとめた『 高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(岩本晃一著/朝日新聞出版)から、一部を抜粋・再編集。
高いポテンシャルを持ちながら、生かし切れない日本企業。成長を阻む要因を、ドイツ有数の経営思想家が読み解く。
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2025年10月10日)※内容は掲載当時のもの
会社内に閉じこもる日本企業

『 高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人 』(朝日新聞出版)
『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』の著者ハーマン・サイモン氏が、2012年、経済産業研究所に来訪され、講演を行った。その中の日本企業への教訓から要約して中身を紹介したい。
日本の中小企業は海外に目を向けず、むしろオペレーション面や効率性に気をとられている。企業文化、リーダーシップのスタイル、言語に関しては、依然としてかなり日本中心である。非常にリスク回避的であり、この姿勢が組織が新しいことを習得することを大きく妨げている。
それに比して、ドイツの隠れたチャンピオン企業は、より多くの外国人を雇用し、責任をもたせている。
日本の中小企業の多くは、隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの能力と技術力をもち合わせている。しかしながら、ドイツのそれのように、精力的、迅速に国際化を進めていないため、潜在力を十分に活かせていない。日本は自己抑制によって、グローバリゼーションの進展につながる多くのチャンスを逃している。
ドイツの隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業や若くて野心的な起業家が同じような戦略を追求するうえで、ロールモデルとなりうる。
これがサイモン氏の提言だが、頷く読者が多いのではないだろうか。
すなわち、同氏の指摘のポイントは、日本の中小企業は、世界の中でも十分競争していけるだけの技術力はある。だが、経営者は対人関係などの調整業務や社内での各種調整でエネルギーを使い果たし、とても外国までは目が向かない、というものである。
同氏と先述のリッペルト教授は、ドイツの中小企業と比較した日本の中小企業の姿を最もよく知る人物と言える。彼によれば、ドイツの中小企業との比較のうえ、日本の中小企業は次のようなマイナス点を抱えているという。
系列の中で受ける圧力
外国市場の知識・経験の不足
リスクをとるリーダーシップの欠如
グローバル化への熱意のなさ
企業の戦略と組織が国内市場に極度に適応してしまったガラパゴス化
「系列の中で受ける圧力」とは、もし系列の上層に属する中小企業の社長が、勇を鼓して系列から抜け出し、海外市場を求めようとすれば、同社の社員やより下位の層の系列企業から強い反発を食らうだろうということを示唆している。
あるいは、筆者は2012年に、タオルの産地である愛媛県今治市を現地調査したことがあるのだが、当時の今治にある中小のタオルメーカーが置かれた状況はまさに、中小企業が系列の下を離れることの難しさを象徴的に表している。
当時はまだ、現在の「今治タオル」のようなブランド化が成功する前で、今治にある数多くのタオルメーカーは、中国から入ってくる安価なタオルに押されて苦しい状況にあった。そのような苦境を救おうと、経済産業省四国経済産業局が職員を今治市役所に派遣し、新しいブランドタオルの開発に乗り出そうとした。しかし、そうした噂を聞きつけた今治のタオルメーカーの人々は市役所に押しかけて大反対を展開したのである。
多くのタオルメーカーは、大手タオル問屋からの注文に応じて生産を行う、いわば系列の一部に組み込まれたような状態だったため、独自のタオルブランドの開発によって、今まで来ていた注文が途切れてしまうことを恐れたのだ。それまでは問屋経由で注文のあった有名ファッションブランドのタオルなども生産していたが、小さな無名の企業名のタグをつけた商品が果たして売れるのだろうかという危惧が、彼らの反対の理由だった。
結果的に、開発チームに残った数社からはじまった今治タオルのブランド化事業は、その後の紆余曲折を経て成功したものの、それほどまでに、今まで入ってきている注文がなくなるかもしれないというリスクを抱えてまで系列の外へ踏み出すというのは、実利的にも心理的にも難しい行為なのである(本事例では、「今治タオル」ブランドの開発後も問屋からの注文がなくなることはなかった)。
先述したように、大企業が海外に進出し始めた後も国内に残った中小企業は、世界中のサプライヤーとの競争にもさらされ、常にコスト削減を求められるため、体力を削られ続けているような状況下にある。しかし、こうした状況でも、「系列」のくびきから抜け出して、ドイツ企業のように自主独立した中小企業の存在は、いまだに聞いたことがない。苦しみながらも系列の中に留まっているものと思われる。
サイモン氏の指摘は10年以上前のものであるが、日本の系列構造、広く言えば産業構造は何も変わっていないため、今でも同氏の指摘は価値をもつ。経営学では、好景気のときに痛みを伴う構造改革を行い、次の不況に備えろ、と教える。しかし、日本では、その逆で、好景気のときに、「今のままで十分儲かるからいいんだ」という主張が幅を利かし、次の不況のときに構造改革をしたくてもできないという繰り返しの歴史であった。
それが「失われた30年」を作ってきたひとつの要因ともいえる。系列構造の代表例である自動車産業においては、電気自動車(EV)になると、電池とモーターだけになってしまうため、従来のエンジン回りの部品を作っていた部品メーカーの仕事がなくなってしまう。このため、系列の存在が日本の自動車メーカーがEVに進出する際の壁となり、それが日本のEV市場への参入を遅らせたと言われている。
1958年香川県生まれ。京都大学卒。京都大学大学院(電子工学)修了後、1983年より通商産業省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房内閣参事官などの後、現在は独立行政法人経済産業研究所でリサーチアソシエイトを務める。著書に『インダストリー4.0』(日刊工業新聞社)などがある。