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 組織の意欲向上や目標達成のため、多くの企業が導入している報酬制度。一方で、運用を誤ると、従業員の行動を思わぬ方向に導いてしまうこともある。行動経済学の第一人者による『 インセンティブが人を動かす』(ウリ・ニーズィー著/児島修訳/河出書房新社)から内容の一部を抜粋し、効果的なインセンティブ設計のポイントを考察する。

 ライドシェア企業Uberが採用する「出来高制」は、業務意欲を高める一方で、サービスの質の低下を招きやすい。では、なぜライドシェア参入後にタクシーの苦情は減ったのか。「業務の効率性」と「優良サービスの提供」を両立するヒントを探る。

本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年3月5日)※内容は掲載当時のもの

Uberの成功例

『 インセンティブが人を動かす 』(河出書房新社)

 ドライバーへの報酬基準を設定するときは、バス会社は効率性、安全性、快適性のどれが重要かをよく考えなければならない。それぞれが相対的にどのくらい重要かを見極め、自社の目標とドライバーの目標を一致させるインセンティブを設定して、混合シグナルを避けるようにすべきだ。あるいは、同時に質の側面に取り組むための創造的な解決策を見つけることもできる。

 次のセクションでは、ライドシェアに関する大規模なフィールド実験を通してその方法を見ていこう。

 まず、よくある地元のタクシー会社を例に取ろう。このタクシー会社の運転手であるサムは、時間給ベースで給料をもらっている。固定給で働いている彼が、「どこに行けば客を拾いやすいか」を戦略的に考えることへの強いモチベーションを持っていないのは想像がつく。また、彼は運転に時間を費やす代わりに、長い昼休みを楽しんでいる。サボっているところを誰かに見つからない限り、どれだけ長く、懸命に働いたとしても、給料は変わらないからだ。

 次に、Uberでドライバーをしているケイトに注目してみよう。彼女や他のUberドライバーは、サムとは対照的だ。報酬のシステムは出来高制で、乗客から受け取った料金からUberに支払う手数料を割り引いた額が彼女の懐(ふところ)に入る。

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 つまり、ケイトの収入は業績に基づいている。たくさんの客を乗せて、遠くに運べば運ぶほど、多くを稼げる。彼女をはじめとするライドシェアのドライバーは、テルアビブのマイクロバス運転手のように、速度と距離を最適化しようとするモチベーションが高く、概してサムなどの一般のタクシー会社の運転手よりも熱心に働く。

 ケイトは、できる限りたくさんの客を乗せ、できる限り多くの距離を走ることに全力を注ごうとするかもしれない。つまり、サービスの質がおろそかになるかもしれない。ライドシェア企業はこのリスクを認識していて、そのための解決策を講じている。それは、「乗客によるドライバー評価」という別のインセンティブを加えることだ。

 客はUberの乗車を終えると、ドライバーを1つ星から5つ星までの尺度で評価できる。配車を依頼するときも、そのドライバーに対する過去の乗客による評価がすべて画面に表示される。評価が低ければ、別のドライバーを予約すればいい。さらに、乗車後にドライバーに低評価を与える場合は、安全性や清潔さ、礼儀正しさなど、その理由を指定するように求められる。この評価はドライバーにとって重要だ。Uberのアルゴリズムがこの評価を監視していて、一定の基準を満たしていない人は同社でドライバーとして働けなくなるからだ。

 この評価システムは、ドライバーに優れたサービスを提供する動機付けを与えるシンプルなソリューションだった。それは、ユーザー体験と顧客サービスに焦点を当てたものだったからだ。この評価システムは安価に実装でき、かつ効果的だ。ただし、当初のインセンティブである「乗車ベースの報酬」に取って代わるものではないことに注意してほしい。ライドシェア企業は、元のインセンティブ構造にこの評価システムを“加える”ことで、ドライバーの効率性と、優れたサービスの提供を同時に奨励しているのだ。

 従来のタクシードライバーには、このようなメカニズムは作用していない。完全な固定給のドライバーはともかく、個人タクシーや報酬の一部を出来高制にしているドライバーには、乗車回数をできるだけ増やし、快適さや安全性を犠牲にしてスピードを上げるというインセンティブしか働いていない。乗客がタクシー会社に苦情を申し立てない限り、サービスの質を上げようとする外発的な動機付けもない。

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 サムのようにタクシー会社で働くドライバーは、会社の評判を損なわないように質の良いサービスを提供しようという気持ちも少しはあるのではないかと思うかもしれない。しかし、そうとは限らない。ニコール・タムは、ハワイ・ビジネス誌に寄稿した自らのタクシーの乗車体験に関する記事の中で、多くの人の気持ちを代弁している。

 友人と一緒に、駐車場で待機していたタクシーに乗った。乗車時間は短かったが、車内は暑くて、不快だった。運転手はひどく無愛想で、7人乗りのバンは古く、カビ臭く、汚れていて、ティッシュやビニール袋が散乱していた。スマートフォンを取り出し、アプリを使って、誰にでもわかるようにこのドライバーにひどい評価をつけて憂(う)さを晴らしたかった。だが、タクシーのナンバーを控えてタクシー会社に電話し、口頭で文句を言うしかなかった。

 UberやLyftの車に乗ると、ドライバーはたいてい礼儀正しく、車内が散らかっていることもめったにない。乗車後は、すぐにアプリでそのドライバーを評価できる
*5 。

 だが、状況は変わった。ライドシェア・アプリがもたらした競争によって、タクシー会社は顧客サービスにスポットライトを当てざるを得なくなった。

 10億回以上のタクシー乗車のデータを分析したアトランティック誌の記事によれば、ニューヨークとシカゴのタクシー・リムジン委員会への顧客からの苦情は、ライドシェア会社が市場参入してから着実に減り続けている*6。なぜか? このデータによれば、苦情が減ったのは、新たな競争圧力のために、タクシードライバーがサービスの質を改善するようになったことも関係しているという。一部の都市では、タクシー会社がライドシェア・アプリに対抗するために独自のアプリを導入しており、これらのアプリには評価システムも含まれている。

5. Nicole Tam, “A Millennial Investigates: Why Would Anyone Take a Taxi Instead of Uber or Lyft?,” Hawaii Business Magazine, March 8, 2019, https://www.hawaiibusiness.com/a-millennial-investigates-why-would-anyone-take-a-taxi-instead-of-uber-or-lyft/.
6. Scott Wallsten, “Has Uber Forced Taxi Drivers to Step Up Their Game?,” Atlantic, July 24, 2015, https://www.theatlantic.com/business/archive/2015/07/uber-taxi-drivers-complaints-chicago-newyork/397931/.