出所:AdobeStock高市内閣の発足以降、「労働時間規制の在り方」を見直す議論が続いている。働き方の裁量を現場に委ねる流れが強まる中、管理職の役割や仕事内容にも再定義が求められる。これからの管理職の在り方について「自営型の働き方を通じて、管理職の役割を変えるべき」と唱えるのは、同志社大学名誉教授の太田肇氏だ。2025年12月に書籍『離職ゼロ。「自営型社員」が会社を変える!』(東洋経済新報社)を出版した同氏に、自営型の働き方を目指す上で企業に求められる視点、管理職改革を進める上でのポイントについて聞いた。
自営型社員とは「まとまった仕事」を任せる働き方
──著書『離職ゼロ。「自営型社員」が会社を変える!』では、就業形態によらず、半ば自営業のように「まとまった仕事」を引き受けてこなす「自営型社員」を提唱しています。企業が自営型を導入したいと考えた場合、何から取り組むべきでしょうか。
太田肇氏(以下敬称略) 大企業が一斉に自営型に振り切るというのは現実的ではありません。まずは関連会社や子会社からスタートする方法、あるいは自営型という働き方に共感し「やってみたい」と手を挙げた社員から導入する方法がよいでしょう。対象を限定し、うまくいけば対象範囲を広げる、という進め方が現実的です。
その際、自営型に挑戦しやすくするための工夫が欠かせません。具体的には、自営型でうまくいかなかった場合に元の働き方へ戻れる道を用意し、心理的安全性を確保しておくことです。
加えて、思い切った権限移譲も必要です。「自営型に挑戦すれば、これまでにない大きな仕事を任され、自分の裁量で仕事を進められる」という期待を持ってもらうことが重要なのです。さらに、一定のミスは許容される評価制度を設計することも大事なポイントになります。
──著書では、自営型先進国として北欧・デンマークの事例を挙げています。現地の人々は、どのような働き方をしているのでしょうか。
太田 一番印象的だったのは、デンマークの企業に「自営型について調査させてほしい」とお願いしたところ、「そんな当たり前の働き方の何を調べるのか」と言われたことです。それだけデンマークでは自営型の働き方が浸透しています。実際に現地のオフィスを訪れると人がほとんどいないことが多く、自営型であることは働く上での大前提となっているのです。
デンマークに学ぶべき「権限移譲とフラットな組織」
──デンマークの企業は自営型で働く人たちに、どのようなことを求めているのでしょうか。
太田 彼らが口をそろえて言うのは、「成果を上げればやり方は問わない」ということです。仕事の進め方は全て自分で考え、誰も細かく干渉しないし、管理もしないのです。その代わりに成果を問われます。これは個人に大きな権限が移譲されているからこそ可能な働き方です。
例えば、デンマークの補聴器メーカーのオーティコンでは「プロダクト・マネジャー」という役職を配置しています。彼らは、技術開発や市場分析、顧客ニーズを製品に反映させるところまで、全ての役割を1人で担っています。
デンマークでは、このように一人一人がプロジェクトを丸ごと受け持つケースが少なくありません。日本企業では多くの場合、製販分離、専門分化こそが効率的だと考えられてきましたが、それに対する一つのアンチテーゼと考えることができます。
また、日本の職場では丁寧に指導する一方で、重要な仕事を任されるのは一部の人に限られます。大半の人は大きな仕事をなかなか任せてもらえないケースが多く、これが成長実感を得にくく、幸福感を感じにくい構造につながっています。
個人の能力差があるのは、どの国でも一緒でしょう。ただ、デンマークのように思い切って丸ごと任せてしまうと、「自分なりの方法で成果を出す」ということが当たり前になります。結果として、労働生産性やワークエンゲージメント、幸福度の高さにつながっているのだと考えています。
自営型を通じて「管理職の役割を変えるべき」
──日本企業は自営型先進国から何を学び、どのように取り入れていくべきでしょうか。
太田 デンマークに限らず自営型の先進国では、役職上の上下関係はあっても組織構造がフラットです。そしてそれを支えているのが、徹底した権限移譲です。
長年、日本でも組織のフラット化やスリム化が叫ばれてきましたが、昇進できなかった人を専門職や専任職に回す、といった横滑り人事に終わることが少なくありませんでした。周囲からは「昇進できなかった人」という目で見られてしまい、結果として本人のモチベーションも下がり、改革がうまく進まなかったという経緯があります。
重要なのは「管理職を減らす」ことではなく「役割を変える」ことです。従来のように業務の中心に立って細かく管理する存在から、調整や支援に徹する役割へと転換するのです。
その一方で、本当に仕事ができる人材は分厚い管理職層から引き抜き、自営型として前線に立たせます。例えば、新規事業の開拓や外部との交渉など、攻めの仕事に集中させるべきでしょう。この改革で成果を上げている企業の一例がJR九州です。
同社では、鉄道事業が斜陽を迎える中、管理職層から優秀な人材を引き抜き、ホテル経営やサービス業などの新規事業に当たらせました。それによって見事に経営改革を成し遂げたのです。
管理職をスリム化し、管理の度合いが減るとモラールが下がるかというと、むしろ逆です。役割を見直すことで、管理職自身もより意味のある仕事に集中できるようになり、第一線で働く社員も過度な干渉から解放され、伸び伸びと力を発揮できるようになります。
このような管理職改革には、「一石三鳥」以上の効果が期待できます。
1つ目は、企業経営そのものの強化です。抜擢(ばってき)された社員はプレイングマネジャーとして「攻め」の仕事に集中できるようになり、総人員を増やすことなく企業の戦闘力を高め、競争が激しくなる新たな経営環境にも備えられます。
2つ目は、抜擢された社員自身の成長やモチベーションの向上です。内向きの管理的業務から解放され、挑戦しがいのある仕事で達成感を得る中で、眠っていた潜在能力が開花することもあります。能力を発揮すればキャリアアップのチャンスも広がり、エンゲージメントも高まります。さらに、管理職として残った社員も、組織がフラット化することで濃密な人間関係のしがらみから解放され、マネジャーとしてのスキルが磨かれます。
3つ目は、部下へのエンパワーメントです。管理職が減ると、第一線の社員は伸び伸びと働けるようになり、重要な仕事に携わる機会も増えます。当初は大きな仕事を任されて戸惑うかもしれませんが、長い目で見ると確実に成長につながります。こうした取り組みこそが、まとまった仕事を自力でこなす自営型社員が育つ近道になるのです。
兵庫県出身。同志社大学名誉教授。経済学博士。主な研究分野は個人を生かす組織・社会づくり。日本における組織論の第一人者として著作のほか、働き方改革や社員のモチベーションアップなどに関するマスコミでの発言、講演なども積極的にこなす。また猫との暮らしがNHKで紹介されるなど、愛猫家としても知られる。著書は、『日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか』(集英社新書)、『「自営型」で働く時代』(プレジデント社)、『何もしないほうが得な日本』(PHP新書)、『日本人の承認欲求』(新潮新書)など40冊以上あり、大学入試問題などに頻出している。『プロフェッショナルと組織』(同文舘出版)で組織学会高宮賞、『仕事人と組織』(有斐閣)で経営科学文献賞、『ベンチャー企業の「仕事」』(中公新書)で中小企業研究奨励賞本賞を受賞。
