
写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ
リード獲得も商談も順調なのに事業が成長しない…そんな課題を抱える企業が増える中、重要顧客との関係構築に経営資源を集中する「ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)」が注目を浴びている。だが、実務レベルで活用できている企業はまだ少ない。どうすれば組織に根づかせることができるのか。『 ABM 基本と実践』(日本実業出版社)から一部を抜粋。大手企業4000社を対象にABMを進化させた、NTTドコモビジネスの課題抽出・ツール導入の手法に迫る。
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年5月8日)※内容は掲載当時のもの
ABMを支えるデータ活用
(NTTドコモビジネス株式会社)

『 ABM 基本と実践 』(日本実業出版社)
NTTドコモビジネス株式会社は、大手企業約4000社を対象にABMを推進してきました。現在はその知見を中堅・中小企業へも展開しています。統合マーケティング部長の戸松正剛氏は、「これまでのOne-to-One(1対1)・One-to-Few(1対少数)で磨いた知見を、One-to-Many(1対多数)へと展開する段階に入った」と語ります。同社の取り組みは、本章で述べてきた原則を体現しています。
同社のABMを支えているのがデータ活用です。単一のツールに頼らず、課題に応じて仕組みを段階的に構築してきました。万能ツールは存在しません。同社のデータ基盤も、課題ありきで段階的に構築され、運用とともに進化してきました。
具体的にどのような課題に対して、どのような仕組みを構築してきたのか。順を追って見ていきます。
■顧客理解の属人化を解消する、カスタマーヘルススコアカード
最初の課題は、顧客理解の属人化でした。営業は訪問や商談を通じて顧客の状況をくわしく把握していますが、その精度は担当者によってばらつきがあります。
そこで顧客の状況を多面的に、かつ定量的に把握するために運用されているのが、カスタマーヘルススコアカードです。これはRevenue(収益)、Relationship(関係性)、Reputation(評価)の3つのRを軸に、顧客の状態をスコア化する仕組みです。
たとえばRelationship(関係性)では、経営層へのアプローチを定量的に見ています。お互いの経営陣同士の接点やエンゲージメントを数値化し、ここが低い場合、将来的に収益が先細る予兆と捉えます。また障害やクレームといったネガティブなフィードバックもスコアに反映させることで、顧客の状況をより正確に把握できるようにしています。
「マーケティングが時間軸と組織全体を俯瞰する鳥の目をデータ化し、営業が現場で集めた虫の目と統合する。それによって顧客理解が担当者依存ではなく、組織が共通認識として扱える情報になる」と戸松氏は語ります。
直近ではこのスコアを営業成果との相関分析に活用する取り組みも始まっています。「高いスコアはいい営業活動の証左。今後はAIがハイスコアの営業に共通して見られる傾向を分析し、ミドルスコアやロースコアの営業に改善アクションとしてレコメンドする形を目指している」と言います。
なお、こうしたデータ活用は最初から計画されていたわけではありません。現場で蓄積された情報を使える形に整理していくなかで、結果的に分析活用できる状態へと成熟していきました。理想ではなく現実から始め、運用を磨いてきた結果です。
■分断されたデータを統合し、意思決定に活用するCDP
次に顕在化した課題は、顧客のキーパーソンデータが組織単位で分断されていたことでした。営業、マーケティング、カスタマーサクセスがそれぞれ別のシステムで顧客情報を管理しており、組織横断での判断ができない状態でした。
そこで導入したのがCDP(Customer Data Platform:顧客データ統合プラットフォーム)です。顧客データを1つのデータベースに統合するプラットフォームで、部門を超えて顧客情報を共有できるようになります。戸松氏は当時をこう振り返ります。
「大手企業から中堅・中小企業まで全方位でビジネスを展開する以上、顧客理解を組織で共有するためのCDPは不可欠でした」
もっとも、最初から高度なCDP運用ができていたわけではありません。同社が最初に取り組んだのは、SalesforceをCRM・SFAとして活用し、入力を定着させることでした。営業の活動履歴、フェーズの変化、パイプライン情報など、営業活動に必要なデータを入力する文化づくりから着手したのです。
その後CDPの活用が進み、本格的に価値を発揮し始めたのは、営業活動とキーパーソン情報の紐付けが進んだタイミングです。商談参加者の入力だけでなく、その人物が決裁者なのか影響者なのか起案者なのか、購買プロセスにおける役割までを入力する運用へと進化させました。ここでようやくCDPが営業活動と接続し、意味をもち始めます。
CDPにはキーパーソンのサイト閲覧履歴、イベント参加状況といったデータが蓄積されており、営業はこれらのデータをもとに顧客が何に興味をもっているのか、どのフェーズにいるのかを推定できるようになります。商談内容とのずれや、潜在ニーズの兆しも見えるようになりました。
■顧客の行動からニーズを理解するためのVOC・インテントデータ・OPEN HUB Park
カスタマーヘルススコアカードやCDPの運用と並行して、同社では顧客が何を求めているのかを解像度高く捉える仕組みづくりにも着手してきました。「営業がヒアリングによって得られる情報には、バイアスや社交辞令が含まれる」という前提のもと、顧客が発する言葉ではなく、行動データからニーズを読み解いています。
そのために活用しているのが、VOC(Voice of Customer:顧客の声)ダッシュボードやインテントデータです。VOCダッシュボードでは、問い合わせ内容やアンケート結果など顧客の声を集約・可視化しています。また、インテントデータを活用し、資料閲覧やイベント参加履歴から顧客の検討フェーズや関心領域を把握しています。
さらに特徴的なのが、2022年に東京・大手町にオープンしたOPEN HUB Parkです。顧客との共創ワークプレイスとして運営されている同施設では、200以上のコンテンツを顧客自身が自由に閲覧でき、どのテーマを選んだかがデータとして蓄積されます。
これらの行動データはCDPに統合され、カスタマーヘルススコアカードと照らし合わせながら営業活動はもちろん、コンテンツの企画設計にも反映されています。
ここまで見てきたとおり、NTTドコモビジネスでは単なるツールの導入にとどまらず、データを意思決定にいかせる状態にまで成熟させてきました。背景にあるのは、ABMを「マーケティング施策」ではなく、組織全体のアカウントマネジメントとして捉える考え方です。
東京大学卒業。2011年にガイアックスに入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる才流を設立し、代表取締役に就任。著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)、『新規事業を成功させる PMFの教科書』(翔泳社)などがある。
日系SIer、メガベンチャー企業を経て、2018年にセールスフォース・ドットコム(現 セールスフォース・ジャパン)に入社。エンタープライズ営業として大手企業の開拓・達成経験を積んだ後、入社3年で営業部長に就任し、マネジメントにも従事。現在は才流にて、ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)や法人営業コンサルティングを行う。公開1年で2,000件以上ダウンロードされた『ABM入門と実践ガイドブック』の執筆や、外部研修・講演への登壇など、社内外への発信も積極的に行っている。
慶應義塾大学卒業後、関西の鉄道会社にて超高層複合ビルの開業プロジェクトに従事。施設コンセプト立案から開業後の集客イベントまで、プロモーション全般を担当。2020年、SmartHRに入社。関西拠点の立ち上げに伴い、イベントを軸としたマーケティングを展開し、同地域の見込み顧客の獲得や商談創出を牽引した。その後、マーケティング部長としてリードジェネレーション領域を統括するとともに、エンタープライズマーケティング部門の立ち上げを主導。戦略策定から組織間連携、多種多様な施策の実行に至るまで、大手企業攻略(ABM)の基盤づくりに貢献した。現在は才流にて、実務経験を活かし、業界・規模を問わずさまざまな企業のABM支援を行っている。