流山市長 井崎義治氏(撮影:榊水麗)全国で人口減少が進み、自治体間の「選ばれる競争」は一段と厳しさを増している。そうした中で、千葉県流山市は人口増加率が6年連続(2016~2021年)で全国1位を記録。その秘訣について、「人気のまちに共通する条件を満たすための施策に取り組んできた」と語るのは、2026年2月に書籍『流山市はなぜ選ばれ続けるのか 共働き子育て世代が移住し、住民の93%が「住み続けたい」まち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版した流山市長の井崎義治氏だ。人口増加に結び付いた流山市の行政改革、子育て支援にとどまらない「住み続けたいまち」のつくり方について同氏に聞いた。
行政の仕事にも「成果」が問われるべき
――著書『流山市はなぜ選ばれ続けるのか』では、流山市が共働き子育て世代に選ばれるまちへと変わる過程について解説しています。本書を執筆された背景には、どのような問題意識があったのですか。
井崎義治氏(以下敬称略) 日本の行政は、国も自治体も大きな課題を抱えています。しかし、行政の現場では課題を的確に認識できていなかったり、認識していても有効な対策を打てなかったりすることで、問題を深刻化させているケースが少なくありません。
例えば、高齢化は何十年も前から予測できていた問題ですが、社会システムの改革は十分に進みませんでした。少子化についても、早い段階で抜本的な対策が必要だったにもかかわらず、十分な成果を上げることができず、年金や社会保障制度の在り方にも影響が及んでいます。
行政に必要なのは、まず課題を正しく認識し、対策を実行し、その成果を厳しく検証することです。成果が出なければ、対策そのものを見直さなければなりません。しかし現実には、「何かを始めた」ことに満足し、成果が上がらなくても同じ施策を続けてしまうことがあります。日本の行政は、成果が出ないことに対して寛容すぎるのではないか、と感じることもあります。
こうした問題意識を抱き、流山市ではこの20年間、行政改革に本気で取り組んできました。重視したのは、ビジョンやターゲットを明確にすること、政策立案と施策展開を戦略的に行うこと、統計数値に基づいて成果を確認し、施策を修正すること、さらに成果を高めるために内容の精度を上げ続けることです。
本書では流山市の成功事例を紹介するだけでなく、改革に当たって実際に何を考え、何を行ってきたのかを率直にお伝えしています。全国の自治体や組織で改革に関わる方々にとって、成果を出すための姿勢や取り組みを考えるきっかけになればと思っています。
世界100都市を見て分かった「人気のまちに欠かせない条件」
――流山市は「共働き・子育て世代に選ばれるまち」になっただけでなく、住民の93%が「住み続けたい」と評価しています。なぜ転入だけでなく、高い定住意向につなげることができたのでしょうか。
井崎 大きな要因は3つあります。1つ目は、市としてのターゲットを明確にしたこと。2つ目は、緑豊かで良質な住環境と快適で楽しい都市環境を整えてきたこと。3つ目は、市民の知恵と力を生かすまちづくりを進めてきたことです。
まず流山市では、マーケティング戦略として、メインターゲットを「共働きの子育て世代」に絞りました。まずは誰に選ばれたいのかを明確にした上で、その人たちが本当に求めているニーズを調査しました。こうした過程を経て、保育園の待機児童ゼロや駅前送迎保育ステーションの設置といった具体的な施策につなげていったのです。

その際にこだわったのは、現金給付のような一時的な支援に頼らないことです。給付が終われば、その地域に住み続ける理由も弱くなります。大切なのは、共働き子育て世代が「本当に魅力を感じる環境そのもの」を整えることでした。実際、93%もの市民の方が「住み続けたい」と答えてくださる背景には、子育て施策だけでなく、「緑豊かで良質な住環境」と「快適で楽しい都市環境」を整えてきたことがあります。
私はかつてアーバンプランニングコンサルタントとして世界5大陸の100都市を見てきましたが、人気のある都市や住宅街には、必ずこの「2つの条件」がそろっていたのです。
流山市では20年間、官民一体となって70万本もの木を植えてきました。そうした積み重ねが環境価値や景観価値を高め、「住み続けたい」と感じていただける土台になっています。
さらに、市民の方々が地域活動を企画し、実現できる仕組みも整えてきました。このまちでは、「自分たちのやりたいことを実現しやすい」と感じた市民が主体的に情報を発信し、その発信を見た市外の方がまた転入してくる、という好循環が生まれています。こうした点も定住意向の高さにつながっているのだと思います。
「やっています」で終わらせない、成果を生む行政サービスのつくり方
――自治体として成果を生み出すために、市長としてどういった点を重視しましたか。
井崎 私が市長に就任した当時の流山市にも、さまざまな行政サービスや支援制度はありました。しかし、それらが本当に市民にとって使いやすいものになっているのか、あるいは市民のニーズに合致しているのかという視点は、十分とはいえませんでした。
私はこうした状態を「やってます行政」と呼んでいます。制度やサービスは用意しているので、「使えるものがあれば使ってください」という発想が前提になっていたのです。

理念やブランドメッセージを掲げ、外部に発信することは必要です。ただ、それだけでは市民が効果を実感できる成果にはつながりません。成果を生み出すためには、行政側の姿勢を根本から変える必要がありました。
現在、流山市で新しい政策を打ち出したり、既存の政策を見直したりする際、必ず考えていることがあります。それは、「この行政サービスや施策は、誰のために、何のために行うのか」ということです。こうした点が明確になれば、提供すべきサービスや施策の内容は変わります。内容が変われば、市民にどう届けるべきかという提供方法も変わってきます。
さらに重要なのは、一度つくったサービスをそのままにしないことです。市民の暮らしやニーズは変化しますから、成果を出し続けるには、内容の精度を高め、提供方法も磨き続けなければなりません。どれほど良い施策でも、改善を怠れば、結局は「やってます行政」に戻ってしまいます。
だからこそ、流山市では常に「誰のために、何のために」という原点に立ち返り、サービスや施策を見直してきました。その積み重ねが、市民の暮らしに直結する具体的な施策を生み、93%もの市民の方々に「住み続けたい」と感じていただける成果につながっているのだと思います。
1954年東京都杉並区生まれ。立正大学地理学科卒、サンフランシスコ州立大学大学院修士課程修了(地理学専攻)。米国で地域計画、交通計画、環境アセスメントコンサルティングに従事。89年に帰国後、流山市民に。都市計画コンサルタントを経て、2003年から流山市長。現在6期目。全国市長会副会長、千葉県市長会長、健康都市連合日本支部支部長などを歴任。
著書に、『ニッポンが流山になる日』(2010年・ぎょうせい)、『これから発展する街、衰退する街』(1998年・朝日ソノラマ)、『ラスベガスの挑戦』(1997年・朝日ソノラマ)、『大都市問題改善に向けた5つの挑戦』(1995年・ぎょうせい)、『東京白書 東京に住むということ』(1995年・第一書林) 、『快適都市の創造』(1991年・ぎょうせい)。
