写真提供:©Rodrigo Reyes Marin/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

 社会課題の解決や持続可能な産業構造の構築が求められる中、材料開発やエネルギー技術といった“縁の下の力持ち”とも言える先端科学が、今大きな注目を集めている。『 未来を見通すビジネス教養 日本のすごい先端科学技術』(橋本幸治著/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。日本国内で着実に進む研究開発の最前線を紹介する。

 印刷機器メーカーとして知られるキヤノンは、なぜ異分野であるペロブスカイト太陽電池向けの素材を開発できたのか?

本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2025年10月9日)※内容は掲載当時のもの

日本の希望になる4つの理由

 ペロブスカイト太陽電池は、シリコン型にはない、日本にとって特に希望の光となる数々のメリットがあります。主な注目点は次の通りです。

■「日本発」の 技術であること

 このペロブスカイト太陽電池の基本原理は、実は日本で生まれました。

 2009年に桐蔭(とういん)横浜大学の宮坂力(みやさかつとむ)教授らによって世界で初めて報告された新しい技術なのです。「ペロブスカイト」の名は、灰チタン石という鉱物の特殊な結晶構造に由来しています。

 ペロブスカイト構造自体は、古くから、圧力(力学的エネルギー)を電気エネルギーに変換する材料である「圧電材料」として、ガスコンロの自動点火装置などに活用されてきました。宮坂教授らはその「圧電」ではなく「光電」の可能性を切り拓いたのです。

 報告当初は数%程度だった発電効率も、今では世界中の熾烈な開発競争の結果、25%程度と、実用化されているシリコン太陽電池に匹敵する水準にまで飛躍的に向上しています。

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■「国産化」が 見込めること

 ペロブスカイト太陽電池の主原料の一つに「ヨウ素」があります。実は、日本のヨウ素生産量は世界の約3割を占め、チリに次ぐ世界第2位を誇る資源大国なのです。つまり、ペロブスカイト太陽電池は、その主要材料を国内でまかなうことができる、エネルギー安全保障の観点からも極めて重要な「国産化」が見込める技術なのです。

■「軽くて 曲げられる」柔軟性

 既存のシリコン太陽電池は割れやすいシリコンウェハをガラスなどで保護する必要があり、どうしても重く、硬くなります。これに対し、ペロブスカイト太陽電池は、微細な結晶が集まってできた薄い膜で発電するため、非常に軽く、薄く、さらに折り曲げたり歪ませたりすることにも強いという特性を持っています。

 この柔軟性こそが、建物の壁や窓、さらには今まで考えられなかったような場所への設置を可能にする鍵となります。

■「低コスト化」の可能性

 製造方法も従来のシリコン型とは大きく異なります。ペロブスカイト太陽電池は、材料をインクのように塗布したり印刷したりすることで、比較的簡単な工程で製造できます。これにより、大幅な製造コストの削減と大量生産が見込まれていて、再生可能エネルギーのさらなる普及を後押しすると期待されています。

 このように、多くの魅力と可能性を秘めたペロブスカイト太陽電池は、日本国内だけでなく、世界中から熱い視線を集めています。

 しかし、実用化に向けてクリアしなければならない、重大な課題を抱えています。それが、「耐久性」です。

 ペロブスカイトの結晶構造は、水分や熱、酸素、そして光といった外部からの影響を受けやすく、従来のシリコン太陽電池と比べて劣化しやすいという弱点があるのです。特に、太陽の光を受けて電気を生み出すはずの装置が、その光を浴び続けることによって発電能力を失ってしまうという、なんとも皮肉な状況は、発電装置である太陽電池にとってまさに「アキレス腱」と呼ぶべき致命的な問題です。

 この耐久性の問題から、「ペロブスカイト太陽電池は実用性のない筋の悪い技術だ」といった厳しい批判の声も聞かれるほどです。

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キヤノンのブレイクスルー

 そんな深刻な課題に対し、一筋の光明を差し込んだのが、印刷機器でおなじみのキヤノンです。キヤノンが2024年に発表した、ある「高機能素材」をペロブスカイト太陽電池に導入することで、その耐用年数を20~30年程度に延ばせるというのです。

 これは、既存のシリコン太陽電池と同等のレベルであり、ペロブスカイト太陽電池の実用可能性を一気に現実的なものにする、まさにブレイクスルーと言える成果です。

 その高機能素材とは、「水酸化ガリウムフタロシアニン(gallium phthalocyanine hydroxide)」という暗青色の物質です。

高機能素材を組み込んだペロブスカイト太陽電池の層構(画像:キヤノン株式会社より)
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 聞き慣れない名前かもしれませんが、この特殊な素材を、発電を担う「ペロブスカイト層」と、電子の流れをつくる「ホール輸送層」の間に、新たな層として組み込むことで、驚くべき耐久性の向上が確認されました。

 なぜ、この素材がペロブスカイト太陽電池の寿命を劇的に延ばせるのでしょうか。

 その秘密は、ペロブスカイト太陽電池が光を受けると発生する、ある現象にあります。

ペロブスカイト太陽電池の弱点と解決策

 ペロブスカイト太陽電池は、繰り返し発電する過程で、結晶構造を不安定にする「ハロゲンイオン」が分離し、他の層に移動してしまうという問題がありました。このハロゲンイオンの移動こそが、ペロブスカイト結晶の構造を崩壊させ、発電能力を低下させる大きな要因だったのです。

 キヤノンの開発した水酸化ガリウムフタロシアニンは、この厄介なハロゲンイオンをしっかりと「トラップ(捕捉)」する機能を持っています。ハロゲンイオンを引きつけ、その移動を食い止めることで、ペロブスカイト結晶の安定性を保ち、寿命の低下を防ぐことができるのです。

 さらに、この高機能素材には、もう一つ重要な利点があります。

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 それは、「厚塗りが可能」という点です。

 ペロブスカイト層は、凹凸構造を持っているため、これが発電層のショート(短絡)の原因になることがありました。水酸化ガリウムフタロシアニンは、その「p型半導体」としての特性により、ペロブスカイト層で発生した電荷を効率よく輸送する能力を持ちながら、同時にペロブスカイト層の凹凸を均一かつ厚く(100nm前後)覆うことができると言います。

 これにより、ショートのリスクを低減し、安定した発電性能を維持することが可能になるのです。実際、ペロブスカイト太陽電池の第一人者である宮坂教授らとの共同研究によって、この素材を厚塗りしても発電効率の低下が起きないことが確認されています。

 印刷機器メーカーであるキヤノンが、一見全く別の分野に見えるペロブスカイト太陽電池向けの高機能素材を開発できたのは、偶然ではありません。

活かされた主力事業の知見

 キヤノンによれば、「複合機やレーザープリンターの基幹部品である感光ドラムの知見が生かされた」と言います。感光ドラムとは、光に反応して、印刷する部分としない部分を区別するという、プリンターの心臓部とも言える部品です。

この感光ドラムの層構造や各層の役割が、ペロブスカイト太陽電池の構造と非常によく似ているのです。特に、感光ドラムにおいて光を受けて電荷を発生させる「電荷発生層」には、古くから「フタロシアニン結晶」が使用されてきました。

 キヤノンは、このフタロシアニン結晶に関する深い知見と、長年培ってきた材料開発技術を結集し、今回の高機能素材「水酸化ガリウムフタロシアニン」の開発に成功したのです。