写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 社会課題の解決や持続可能な産業構造の構築が求められる中、材料開発やエネルギー技術といった“縁の下の力持ち”とも言える先端科学が、今大きな注目を集めている。『 未来を見通すビジネス教養 日本のすごい先端科学技術』(橋本幸治著/かんき出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。日本国内で着実に進む研究開発の最前線を紹介する。

 フランスの大手航空会社エアバスと超電導モーター技術の共同研究を開始した東芝。実現は絶望的と思われていた航空機の電動化を、どう進めているのか?

本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2025年10月10日)※内容は掲載当時のもの

脱炭素化に必要な桁違いの性能

 現在の航空機が搭載するジェットエンジンは、化石燃料を燃焼させることで莫大な推進力を得ています。しかし、地球温暖化対策が叫ばれる現代において、航空業界もまた、CO2排出量の大幅な削減という待ったなしの課題に直面しています。

 そこで期待されるのが、電気エネルギーでプロペラやファンを回す「電動化」です。

しかし、航空機の電動化は自動車のそれとは比較にならないほど困難です。

 数十トンもの機体を空へ持ち上げるには、とてつもないパワーを、しかも極めて軽量なシステムで実現しなくてはなりません。従来のモーターでは、必要なパワーを得ようとすると巨大かつ重くなりすぎてしまい、到底飛行機を飛ばすことはできませんでした。技術者たちは、「10分の1程度の小型・軽量化が必要」という、絶望的とも思える壁に直面していたのです。

この不可能を可能にする鍵こそが 「超電導」です。

 東芝は、モーターのコイルに超電導材料を採用したのです。超電導状態では電気抵抗がゼロになるため、コイルに大量の電流を流しても発熱によるエネルギー損失がありません。これにより、従来の銅線コイルを用いたモーターに比べ、圧倒的に強力な磁力を、はるかに少ない巻数で、そして驚くほど小さなコイルで発生させることが可能になります。

東芝が開発した超電導モーターの試作機(画像:株式会社東芝より)

 結果として、モーター全体を劇的に小型・軽量化しつつ、桁違いの出力を叩き出すことができるのです。  

 そんな理想的なモーターを本当に作れるのでしょうか。

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立ちはだかる2つの大きな壁

 立ちはだかる大きな課題の1つは 「冷却」です。

一般に抵抗ゼロの超電導現象は、絶対零度(マイナス273 ℃)に近い非常に低い温度で生じるため、モーターを極低温に維持する必要があります。

 しかし厄介なのは、それが超高速で回転していることです。回転するローター内部や、強力な磁場を発生するステーターの超電導コイルを均一、かつ安定して極低温に維持するためには、回転体内部への効率的な冷媒供給・循環システムの設計や、極低温下での部品の挙動、高度な断熱構造など、精密なエンジニアリングが求められます。

 もう1つの大きな課題は 「遠心力」です。

 東芝によれば、モーターには高速回転時に約8000Gもの巨大な遠心力がかかると言います。これは宇宙飛行士がロケット打ち上げ時に経験する重力加速度の3~4Gをはるかに超える数値であり、この途方もない力が、モーターの素材や構造設計に極限の強度と精度を要求します。同時に、冷却による部材の収縮に耐える柔軟性も必要とされます。強度と柔軟性を両立させる構造設計はまさに未知の領域であり、開発の難しさがうかがえます。

東芝は、どう超えるか

 東芝は、「医療用MRI」の超電導磁石や、「国際熱核融合実験炉ITER」向けの超電導コイル開発など、長年にわたり培ってきた超電導技術に加え、発電機などの大型回転機械に関する豊富な知見、そしてモーターを精密に制御するパワーエレクトロニクス技術を結集。

 これらの難題を一つひとつクリアし、2022年、ついに超電導モーターの1号機を完成させました。最高出力は2メガワットを誇り、そのサイズは、重量が数百kg、外径約50㎝、全長約70㎝(シャフトを除く)です。「え、デカくない?」と思われたかもしれませんが、実は同じ出力の従来のモーターと比較して、重量・体積ともに10分の1以下という、驚異的な小型化に成功しているのです。つまり、目標通り、航空機の電動化に必要な水準をクリアしたのです。

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 この東芝の快挙に、いち早く注目したのがフランスの航空大手エアバスでした。エアバスは、2035年に、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「ゼロエミッション航空機」の実現を目指し、その最有力候補として「水素航空機」の開発を強力に推進しています。そして2024年10月、東芝エネルギーシステムズとエアバス・アップネクストは、この水素航空機向けの超電導モーター技術に関する共同研究を開始すると発表しました。

「水素航空機」実現への道のり

 ところで、水素を航空機の動力源として活用するには、大きく分けて2つのアプローチが存在します。

 1つは、水素をガスタービンエンジンで燃焼させて推進力を得る方法で、これは従来の航空機が使用する化石燃料を水素に置き換える発想に基づいています。

 もう1つは、水素を燃料電池によって電力に変換し、その電力でモーターを駆動して推進力を生み出す方式です。この後者の方式において、エアバスは東芝が手がける超電導モーターの技術に大きな期待を寄せているのです。

航空機に超電導モーターを搭載した場合のイメージ(画像:株式会社東芝より)

 水素航空機では、燃料として極低温の液体水素を機内に搭載します。実はこの液体水素は、超電導モーターを冷却するための冷媒として、まさに打ってつけの存在なのです。燃料である液体水素の気化熱を利用して超電導コイルを効率的に冷却できれば、専用の大型冷凍機システムを大幅に簡素化、あるいは不要にできる可能性があります。

 つまり、航空機内に液体で貯蔵される水素を、燃料としてだけでなく、超電導モーターの冷却にも利用するという、一石二鳥の運用が可能になるのです。空の上という限られた条件の中で最大の効率を追求する上で、これは極めて合理的なアプローチと言えるでしょう。まさに、超電導が持つ特長と、水素航空機における運用上の制約が見事に噛み合った最適解なのです。

 もちろん、実用化に向けては解決すべき課題も残されています。超電導線材のさらなる高性能化とコストダウン、極低温システムの長期信頼性確保、そして何よりも航空機としての厳格な安全基準のクリアなど、乗り越えるべきハードルは低くありません。

 しかし、航空機という極めて要求の厳しい分野での技術開発は、他の分野への技術移転や市場拡大の起爆剤となり得ます。将来的には船舶、さらには宇宙分野への応用も視野に入ります。

 東芝による超電導モーターの開発は、航空業界における脱炭素化という複雑なパズルを解く上で、極めて重要なピースであることは間違いありません。この技術は、単なるモーターの進化に留まらず、持続可能なエネルギー利用と次世代の輸送システムへの転換を後押しする可能性を秘めています。