
栗山英樹氏と日本製鉄会長兼CEOの橋本英二氏
写真提供:共同通信社
強いリーダー像が求められる昨今、組織をどう束ね、逆境をどう乗り越えるかは多くの経営者にとって共通の課題である。侍ジャパンを率いた栗山英樹氏がさまざまな経営トップと対話し、決断力や覚悟、組織づくりの本質を掘り下げた『 栗山英樹がトップ経営者から引き出した逆境を突破するための金言』(栗山英樹著/NHK出版)から内容の一部を抜粋。
群雄割拠の製鉄業界で、2兆円を投じてUSスチールを買収した日本製鉄。その決断を支えた信念と、崖っぷちを乗り越える人材育成法とは? 同社会長兼CEOの橋本英二氏と栗山英樹氏が語り合う。
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年3月12日)※内容は掲載当時のもの
どのような戦略をとるべきか

『 栗山英樹がトップ経営者から引き出した逆境を突破するための金言 』(NHK出版)
栗山 会社が本当に大変な状況の中でなんとか踏みとどまって新しい方向を向けたと。今度は攻勢に出るというところも含めて、我々もすごく「うわっ」と思ったのがUSスチールをとりにいくぞという。そのねらいと本質を教えてもらってもいいですか?
橋本 残念ながら日本の鉄の需要は増えることが期待できないものですから、当社にとって勝負をする市場というのは、インドのように需要が確実に伸びていく市場か、あるいはアメリカのように私どもの技術・商品力が生きる高級品主体のマーケットなんです。そういうところで勝負をしないと大きく勝てないですよね。
栗山 すごく意図も分かりますし、僕らもわくわくするんですけど、2兆円をかけるっていうことにはリスクも大きいと思うんです。怖さも当然ありますよね。
橋本 新入社員時代を除くと、私のキャリアのほとんどが国内営業、海外営業なんです。そのときに自分にも部下にも徹底させたのはですね、要するに論理と数字しかないと。論理と数字で決まった方針には、不安があっても、あるいはちょっとこれまでとは違うなと思っても、やっぱりそこに懸けるということなんですね。
まず論理としては、こちらの思いはそうであっても向こうが受け入れるかっていうことですよね。そうするとやっぱり買収される側の企業なり地域なり、アメリカそのものの役に立たないとダメですよね。
いま、USスチールはアメリカで断トツじゃないんですよ。例えば研究開発でいうと、私どもが10倍以上の人員と研究予算を持ってるんですね。私どもがUSスチールを買収することで、いまのUSスチールよりもはるかに大きく強い会社になる。そういうことを一つ一つ営業面でも生産面でも商品の面でも全部チェックをして、計算をして数字で確かめています。
栗山 なるほどなっていうふうにはちょっと思うんですけど、ただ……すみません、せっかくこうやって崖っぷちから抜け出して、ちょっと落ち着こうとしているときに、またさらに大きく勝負にいくわけですよね。「社長、それやめたほうがいいよ」という意見はないんですか? 「それ、いまじゃないんじゃない?」とか。
橋本 私は、やっぱり企業っていうのは成長を続けないとダメだという信念なんですよ。成長を続けることができれば、やりがいのある仕事が増える。ポストが増えて昇進が早くなる。給料も上がる。そうするといい人材も入ってくる。そういう意味で成長がすべての課題を解決していくという考え方なんです。
成長というのはリスクも伴いますけども、そういういろんな課題を解決するというメリットも大きいんですよ。逆にチャレンジしない、成長を諦めて現状に甘んじるというほうがもっとリスクが大きいんです。それはもう当社の歴史を冷静に振り返ると間違いなく言えることなんですね。
栗山 リスクを背負ってでも勝負にいかなきゃいけないときなんだと。成長しなきゃいけない。例えば日本の選手がメジャーに挑戦するとき、彼らは本当にアメリカに行くときにその大きな志だけを持って、リスクが大きい分だけ勝負をして、いまの評価につながっているんですよね。その思いとか使命が、ものすごく重要なのかなと勝手に思ってしまいました。
橋本 日本製鉄という会社は何をしなければいけない会社なのかと。何を求められる会社なのかということなんですね。新入社員に必ず毎年言っていたのは、先の見えない時代にあって大事なことは、本質と原点だと。いま起きていることの本質は何なのか、たまたま起きたということは世の中にはないんですね。いま起きているこのことは、将来我が社の経営、あるいは自分にどういう影響を与えるのか、その起きていることの本質を考えなさいということです。
もう一つは原点です。なぜ就職のときに日本製鉄を選んだのかということですね。それはやっぱり素材産業という、いわば産業の縁の下の力持ちで日本の経済社会を支えるということ、それで来たはずなんですね。ですからこれはリスクも大きいけどもやるに値するなというときに、そういう当社のいわば社会的使命に合致していれば、それはやっぱり一丸となって乗り越えなきゃいけないことだと思います。
栗山 大義名分があれば、原点に戻ってさあいくぞって、もう一回思えますもんね。
橋本 いま日本がですね、30年の低迷から脱却して元気を取り戻そうじゃないかというタイミングですよね。ラストチャンスじゃないかと。私どもみたいに長年低迷をしてきて、正直イメージとしては古い産業、成長からは遠い会社という部分があると思うんですね。それを払拭したいんですよ。口はばったい言い方ですけども、私どもが成長することによって、ほかの企業さんも元気になってですね、日本の活力を取り戻すことに役立つんじゃないかとそういう思いもあるんです。
崖っぷちを乗り越えられる人材の育て方とは
栗山 最後に、崖っぷちを乗り越えられる人材はどう育てたらいいか、ということをお聞かせいただけますか。
橋本 まず崖っぷちを乗り越えるために一番大事なのはですね、どういう目標に向かって脱出していくかという方向を明確に示すことですね。現状何が足りないか、何がギャップか。そして、それを短期間に埋めていくのに何が有効な対策かということに尽きるんですね。ですから、日頃からそういうことが自律的にできる人間を鍛えていかないといけませんね。崖っぷちになってから急に育成、では間に合いませんから。
やっぱりこれぞと思う人間にはですね、若いときから大きな仕事をさせるということが一番大事だと思いますね。そのためには組織を極力大ぐくりにすることです。金魚が大きく育つか育たないかは金魚鉢の大きさによるんですよね。小さな金魚鉢では大きくならない。ですので組織を大きくくくって、そうすると多様な課題にぶつかりますから、そこで鍛えていくということですね。崖っぷちのときにどれだけ力を発揮できる人材がいるかどうかで会社の明暗が決まりますよね。
1961年、東京都生まれ。東京学芸大学を経て、84年にドラフト外でヤクルトスワローズに入団。89年にゴールデングラブ賞を獲得。90年に引退し、解説者、スポーツジャーナリスト、白鷗大学教授などを務める。2011年11月に北海道日本ハムファイターズの監督に就任し、監督1年目でリーグ制覇。16年に2度目のリーグ制覇と日本一に輝き、正力松太郎賞を受賞。21年11月に日本ハムファイターズ監督を退任し、12月に野球日本代表監督に就任。23年3月にWBC優勝、5月に日本代表監督を退任。
2019年社長に就任、2024年より現職。過去最大、約4300億円の赤字を背負い、就任直後から大改革を決行。広島県呉市の製鉄所を全面閉鎖した。さらに各地の高炉も1/3の休止を決定。生産能力2割減、1万人に上る人員合理化など前例のない計画を断行し、その結果、僅か2年で過去最大の黒字をたたき出した。2026年、かつて世界一の生産量を誇ったUSスチールを買収。長年にわたりアメリカを象徴した企業の買収に、バイデン、トランプ両大統領も異を唱えたが、橋本の計画は進んでいく。