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 山積する社会やビジネスの課題。だが、経済学でその解決法が示されているケースは少なくない。行動経済学の第一人者・大竹文雄氏による書評集『経済学的思考を組み立てる』(中央公論新社)から一部を抜粋。多様な書物を手がかりに、「エビデンス」と「物語」を両輪としてよりよい判断につなげるための思考のヒントを提示する。

 コロンビア大学のウォルター・ミシェル教授が行った有名な「マシュマロテスト」を題材に、自制心は何歳になっても強化できるのかを探る。

4歳で人生が決まる?

『経済学的思考を組み立てる』(中央公論新社)

 インターネットで「マシュマロテスト」と入力して動画を検索してほしい。保育園の子供がマシュマロを前にして、食べたいという誘惑に負けないように悪戦苦闘している様子を見ることができる。子供たちが直面しているのは、ただちにマシュマロ一つという報酬をもらうか、一人きりで20分待って、マシュマロを二つもらうか、というジレンマだ。

 この実験が最初に行われたのは、1960年代のスタンフォード大学のビング保育園。考案者は、自制心の研究で世界的に有名なコロンビア大学のウォルター・ミシェル教授である。

 実験でマシュマロを食べるのを何秒我慢できたかということで、子供たちの将来について多くのことが予想できるという。「4歳か5歳のときに待てる秒数が多いほど、大学進学適性試験の点数が良く、青年期の社会的・認知的機能の評価が高」く、「27歳から32歳にかけて、肥満指数が低く、自尊心が高く、目標を効果的に追求し、欲求不満やストレスにうまく対応できた」のだ。

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 fMRIで脳活動の特徴を調べると、欲求を先延ばしにできた人は、問題解決や創造的思考に使われる前頭前皮質領域の活動が盛んだった。先延ばし能力が低い人は、欲求や快楽、中毒と結びついている腹側線条体の活動が盛んだった。

 驚くべき結果だ。自分の子供や孫に、マシュマロテストをしてみて、がっかりしたり、希望を抱いたりする人が出てくるかもしれない。マシュマロを食べるのを我慢するには、自制心と欲求充足を先延ばしにする能力が必要だ。自制心は、生まれつきのものなのだろうか、4、5歳までに形成されてしまって変わらないのだろうか、それとも、何歳になっても強化することができるものなのだろうか。誰でも知りたいところだ。

 ミシェル教授の答えは、私たちに希望を与えてくれる。「子供でも大人でも自制心を育むことは可能で、前頭前皮質を意図的に使ってクールシステムを活性化させ、ホットシステムを調整できる」のだ。そして、自分を変えられるかどうかは、将来の自分をどれだけコントロールしたり変えたりできると自分が信じているかに大きく依存している、という。自制心を強化することができるのなら、私たち自身が変わることができるだけではなく、家庭や学校での子供の教育にも役立てられる。実際、ミシェル教授の書いた『マシュマロ・テスト』は具体的なヒントにあふれている。

 マシュマロを我慢できた子供たちは、自制のスキルを持っていた。短い歌を作って歌ったり、滑稽な顔をしたりして、マシュマロから気をそらしたり、マシュマロを本物ではなく写真だと思ったりするというスキルが有効だった。

 では、自制のスキルをどうすれば磨くことができるだろうか。有効なのは、「イフ・ゼン」実行プランを立てて、リハーサルをして、それが自動的に実行できるようにすることだという。「ミスター・クラウン・ボックス」が遊ぶことを誘ってくると「だめ。できないよ。仕事をしているんだから」と答えるという訓練をあらかじめしておくと、子供たちは、誘惑に負けなかった。

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「イフ・ゼン」実行プランは、誘惑が多い環境の中で学生が勉強したり、ダイエット中の人がスナックを我慢したり、注意欠陥障害の子供たちが衝動的反応を抑制するのを可能にしてきたそうだ。つまり、自制心を失いやすいホットスポットを見付けて、「イフ・ゼン」実行プランを作ればいいのだ。自分のホットスポットを突き止める上で有効なのは、日記を付け、自制心を失ってしまった瞬間を継続的に記録することだ。

 実行プランを策定しても、ネガティブな情動は人生につきものだ。ストレスが大きくなると自制力が弱くなる。こうしたときには、「壁に止まったハエ」からの視点で、自分を注意深く観察することがホットシステムを冷却するのに有効だという。自制心は消耗してしまうと思われがちだが、意思の力は無限大とか、使えばより元気になると思っていると、自制心は低下しないそうだ。むしろ、自制心を働かせる動機付けや目標をうまく設定することの方が重要だ。

 自制の力を発揮する上で重要なのは、「思考や衝動、行動、情動に対して、思慮深く意識的なコントロールを行うことを可能にする認知的なスキル」である実行機能である。実行機能が発達すれば、自分には自制能力や問題能力があるという信念や将来に対する楽観的な見通しを持つことになり、自制力も発達するという。

 うれしいことに、実行機能を強化する教育方法の開発が進んでいる。実行機能強化プログラムを受けた就学前の子供たちは、標準的カリキュラムの子供たちより成績がよくなっていた。「セサミストリート」という教育番組でも、自己制御のレッスンが含まれ始めているという。

 自制心を強める上で大切なのは、自制するための目標と動機付けで、本人がそうなりたいと思うことだ。もっと早く『マシュマロ・テスト』を読んでいたら人生が変わったと思う人も多いだろうが、まだ間に合うのだ。

ウォルター・ミシェル『マシュマロ・テスト―成功する子・しない子』柴田裕之訳、ハヤカワ文庫NF、2017年