ピーター・F・ドラッカー写真提供:共同通信社
イノベーション、リーダーシップ、ファイナンス。ビジネスの主要理論は、時代を切り拓いた研究者や実務家たち一人一人の問題意識や人生の中から生まれてきた。『実践 MBAの流儀』(中央経済社)から一部を抜粋。マネジメントの父ピーター・ドラッカーは、イノベーションを天才のひらめきではなく「組織で体系的に進める経営課題」と捉えた。その発想の原点に迫る。
企業の存在意義とイノベーションの誤解

『実践 MBAの流儀』(中央経済社)
ドラッカーにとって、自由な発想を制限し、個人を全体の利害と一致させるような全体主義は、非難すべきものでした。ドラッカーはマネジメントの発明者として多くの考えを残していますが、これは部下を管理して1つの会社にコミットさせる、ということでは決してありません。自由にして機能する、というのが彼の哲学です。ドラッカーの視点では、経営は1つの企業が成功するノウハウ、ではなく、社会にとって必要なことなのです。
そのようなマネジメントに対する考えを深める中、アメリカでオイルショックが起きます。景気後退により大量の雇用が失われていると想定されていましたが、実はそれほど雇用はなくなりませんでした。
この雇用創出はドラッカーの思う、社会に対して企業が貢献していること、と整合していました。そしてその雇用を創出している企業の多くは、大手企業でも、当時発展していたハイテク産業でもなく、たくさんの中小企業のイノベーションによるものだったのです。
時代が移り変わる中で、中長期的に社会と人を支えるために必要なことは、個々が起業家精神を持ち、イノベーションを起こし、そしてそれをマネジメントしていくことだとドラッカーは考えました。
組織を車に例えると、この車の存在意義は社会、人のニーズを満たすことです。そして組織のハンドリングをしていくのがマネジメントになります。組織の機能は短期的にはマーケティング、長期的にはイノベーションであり、この両輪をマネジメントしていくことが重要です。
■イノベーションの誤解
ドラッカーは、イノベーションについて誤解されやすいことについていくつか言及しています。
(イノベーション)
NG:神秘的、才能や気質、ひらめきや技芸
OK:経営者の仕事の一部、組織化し体系的に進める課題(起業家精神)
NG:リスク志向 スーパーマン、精鋭エリート集団
OK:保守的、機会志向 リスクを最小にすること
「イノベーションの機会、兆しがあるような分野で、少しの改善や調整による最適化を図ることほどリスクが高いことはない。そこでイノベーションを行うことこそがリスクを最小にする保守的な行動なのだ。」とドラッカーは言っています。
リスクがあるように見えるのは、分析などのステップを踏まずに、無鉄砲に行動することと混同しているからです。体系的に経営管理の対象として進めていくことがリスクを減らしイノベーションを成功させるための近道となります。
(イノベーターの行動)
NG:発明、技術「常にアイデアを考える人であり、何度でも試す人である。何度も試すうちに成功することができる」
OK:起業家的経営管理「変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用するもの」
ここでのアイデアはひらめきや思いつき、に近いものです。ドラッカーは「アイデアを試しつづけるだけで成功するであろうというのは、ラスベガスでスロットマシーンのレバーを引きつづけさえすれば、いつかは勝てるというのと同じくらい馬鹿げた間違い」と記しています。アイデアにもとづくイノベーションは最も成功確率が低く、そしてリスクが高いのです。
もし成功した場合にも、華々しい脚光、急激な成長、突然の失速、そして完全な崩壊というパターンをたどることが多く、それは組織的なイノベーションの担い手ではありません。変化を探すとはどういうことなのかについては後ほど見ていきます。
(事業の進め方)
NG:凝る、多角化する
OK:シンプルに小さく
イノベーションは市場のトップを狙うものです。しかし、最初は小さく、シンプルに、そしてコンセプトを明確にして始めるべきだとドラッカーは言っています。
イノベーションは最初から完成形のものではありません。必ず調整や変更が生じてくるものです。最初から凝ったものは市場に理解されず、そして多角化したものはコンセプトがぼやけてしまいます。そして、大きく手を広げて多額な投資から始めてしまうと、身動きが取れず、調整ができなくなっていくのです。
ここまで挙げてきたものに共通することは、いずれも最初にご紹介した「経営者の仕事の一部、組織化し体系的に進める課題」としてイノベーションを認識することの重要性です。
その中で、ある疑問が生まれてくることでしょう。
「組織、分析、マネジメント。こんなことをしていたら創造性がなくなりませんか。起業家って個性が大事なのではないでしょうか。」
これにもドラッカーは答えています。
「あるにはあるが、あまり成功もしないし、長続きしない。ひらめきによるイノベーションは再現性がない。」
このようなケースでは、イノベーションを起こした起業家は創業者社長となりますが、創業者がそれを組織化し、企業の中に体系立てなかった場合、創業者の退任と共にその精神も企業から失われてしまいます。
社外役員を兼任するほか、専門的知識を「知っているから使えるに変える」触媒として、企業向け研修、起業家、大学生向けの講義なども行っている。横浜国立大学経営学部卒業。オーストラリア ボンド大学ビジネススクール(MBA)修了。
