
星野リゾートの星野佳路代表 写真提供:共同通信社
自社の課題に正面から向き合い、事業を再建・成長へと導いた一流の経営者たちは、何を羅針盤とし、どのように組織をまとめ上げ、目標を達成したのか。経済ニュース番組の人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化した『 鉄人たちの仕事の哲学』(小林洋達著/かんき出版)から一部を抜粋。日本を代表する経営者の思考法や信念に迫る。
業績不振の宿泊施設を次々に再生してきた星野リゾート。競争力の獲得・維持のため、星野佳路代表は何を選び、何を捨てたのか?
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年1月23日)※内容は掲載当時のもの
独自性を維持するための戦略
――トレードオフを伴う活動を選ぶ

『 鉄人たちの仕事の哲学 』(かんき出版)
■ 犠牲なき活動は真似される
星野リゾートでは、青森のホテルを再生する時に、「宿泊客に津軽三味線を披露する」というサービスを導入して大ヒットしました。それから10年が経ったら、青森の大きな旅館は大体、同じサービスを始めました。つまり真似をされたわけですが、これはなぜ、すぐに真似をされたと思いますか?
なぜなら始めやすいからです。
つまり「津軽三味線の披露」は、トレードオフを伴わない活動なのです。このサービスをすることで収益が上がるし、そのために何も犠牲にしていない。何かを犠牲にしていない活動は、トレードオフを伴っていません。
他にも、私たちは北海道のトマムの再生で「雲海テラス」というものをつくりました。夏のスキー場のゴンドラの上に、雲海を眺めるテラスを造ったら大ヒットして、トマムの夏の収益が劇的に上がりました。
そして10年経ったら、日本のあちこちのスキー場が夏にゴンドラを動かして、同じように展望テラスを造っています。
この雲海テラスは、なぜ簡単に真似されたのか。これもトレードオフを伴っていないからです。トレードオフを伴わない活動は簡単に真似をされます。
マイケル・ポーターは、「どんなに良いアイデアもすぐに真似をされて、業績は単にコスト削減によってのみ決定される」と言っています。
「真似をする」と言うと、何となく良くないことに聞こえますよね。「人の真似をする」と言うと、あまり良い活動に聞こえない。「プライドを持って真似をする」という人も、あんまりいないと思います。
ところが、英語では正しい行為に聞こえます。
英語では真似することを、「ベストプラクティス」と言います。世の中で一番良い事例を学ぼう、ということですね。
良い事例から学ぶことを、日本では「真似をする」と言いますが、海外ではビジネスの常識です。良い事例を見に行って学ぶ「ベストプラクティス」は、「生産性のフロンティア」に乗るために必要なのです。私たちの雲海テラスや、津軽三味線のサービスは、実は生産性のフロンティアだったわけです。
青森で集客をする時に、津軽三味線を披露することは、生産性のフロンティアであって、トレードオフを伴っていないわけです。
■ 星野リゾートが選んだトレードオフ
第2のステップは、トレードオフを伴う活動を選択することです。
星野リゾートの1つひとつの活動について、私は意識的にトレードオフを伴う活動を選択しています。競合が真似をするためには犠牲が伴うことです。
つまり、競合が今やっていることをやめてから、やらなければいけないような活動を選択しています。例えば星野リゾートには、トレードオフを伴う5つの活動というものがあって、その中に、「運営特化」という戦略があります。
運営特化とは、リゾート施設の運営だけをして、施設を所有しないということです。
ホテル事業には4つの機能があります。
1つは「開発」で、自分が所有している土地などに、自らホテルを開発すること。2つ目は「所有」です。自分で土地も建物も所有する。3つ目は「金融」で、金融機関からお金を借りてきます。最後の4つ目が「運営」で、施設を自ら運営することです。
日本の観光事業者は、いまだに一人三役をやっています。金融だけは銀行からお金を借りてきますが、日本の観光産業では、自分で開発して、自分で所有して、自分で運営する事業者がほとんどです。
私たちは1992年に、「運営に特化する」という選択をしました。これはまさに、トレードオフを伴う活動です。なぜかといえば、運営に特化するということは「所有と開発をしない」ということですから。運営しかやらない。
■ 運営特化の犠牲とメリット
ホテル事業では、運営に特化すると厄介なこと、つまり犠牲が生じます。
それは所有者の存在です。私たちは運営するだけで施設を所有しないので、誰かに投資をしてもらったり、誰かに所有してもらうことが必要になります。
その所有者や投資家と私たちの間で、「うまく話を進める」という結構厄介なプロセスが生じます。自ら所有する施設なら、自分たちの自由になりますよね。それが、運営に特化した途端に、自分の自由にならないことが生じてしまいます。これが1つ目の犠牲にする点です。
犠牲にする点はもう1つあって、それは私たちの運営するホテルが、うまくいっている時に発生します。お客さまがたくさん来て喜んでくれて、売り上げが伸びて、利益も出ている時に、一番得をするのは所有者であり、投資家です。
ホテルがうまくいっている時の利益を犠牲にすることも、運営特化の嫌なところの1つです。私たちが運営に特化することによって、そういう犠牲が生じます。
けれど、メリットがあります。運営特化によって何が起きるかといえば、所有をしていないので、借金が無くなります。借金が無くなるのでリスクが減り、リスクが減ることで展開が速くなるわけです。
2000年の時点で、星野リゾートが運営する施設は軽井沢に1件だけでしたが、2022年の現在までに、58件に増えています(運営施設は2025年9月時点で73施設)。私たちは、成長のスピードを買ったわけです。
ですから、業績がすごく良い時に、それに見合った利益を得られないし、投資家とうまくやるという高度な仕事が生ずる代わりに、展開のスピードが手に入る。これがまさにトレードオフを伴う活動です。
私たちは30年間、競合に対して、「私たちのように運営に特化しませんか。運営に特化するとこんなに良いことがありますよ。ただ、こういう犠牲も生じます。どちらにしますか?」と、問いかけてきました。
このような選択を迫ってきましたが、日本の観光事業者は今も大半が、所有と開発と運営を一体として行っていて、運営に特化するリゾート会社は、ほぼ私たちだけです。
この運営特化が、トレードオフを伴う活動を説明する一番良い事例かもしれないですね。
1998年にテレビ東京入社後、報道一筋。「ワールドビジネスサテライト」、東証・日銀担当記者、「ガイアの夜明け」立ち上げ、北京支局、「カンブリア宮殿」、ニューヨーク支局、「Newsモーニングサテライト」などを担当。経済を切り口にドキュメンタリーを多く制作し、北京五輪開催を控えた中国では「癌の村」や「胡同の町の強制立ち退き」の記録を制作。2018年1月から2022年1月までの4年間はニューヨーク支局に赴任し、新型コロナウイルス感染拡大や、BLMなど社会を揺るがす市民運動、異例づくしの大統領選などを特集した。「ガイアの夜明け」では、2003年のイラク戦争が開戦するまでクウェートで長期取材したほか、2012年には中国で反日暴動に襲撃された日系の百貨店「平和堂」が再開するまでを潜入取材した。「カンブリア宮殿」では、サッカーW杯・南アフリカ大会で初の16強入りを果たした岡田武史元監督の独占取材を行う。2025年4月から「ガイアの夜明け」チーフ・プロデューサーを務める。本書は自身がプロデュースしたNewsモーニングサテライトの人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化。テレビでは伝えきれなかった部分を含めて、再構成しわかりやすくしたものである。
