
ソニー平井一夫・元社長 写真提供:共同通信社
自社の課題に正面から向き合い、事業を再建・成長へと導いた一流の経営者たちは、何を羅針盤とし、どのように組織をまとめ上げ、目標を達成したのか。経済ニュース番組の人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化した『 鉄人たちの仕事の哲学』(小林洋達著/かんき出版)から一部を抜粋。日本を代表する経営者の思考法や信念に迫る。
低迷するソニーの再建を託され、見事に応えた元社長の平井一夫氏。プレイステーション3(PS3)事業のある失敗から教訓を得た「戦略より大事なこと」とは?
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年1月28日)※内容は掲載当時のもの
モチベーショナル・リーダーシップの実践
――正しい戦略を立てる筋道

『 鉄人たちの仕事の哲学 』(かんき出版)
■ 戦略立案は4番目
モチベーショナル・リーダーシップ5カ条の4つ目は、「戦略立案」です。これが4番目にきていることがポイントです。
1時限目で、現在は「超競争の環境」だと言いましたが、新しい競合相手が参入してきたり、ビジネスをひっくり返すような技術革新が起きたり、本当にいろいろなことがあります。
そうすると動揺して「どんな対応を選択すべきか? どんな新商品を出せるのか?」などと、いろいろな戦略を考えますが、その戦略立案がなぜ4番目かというと、ここまでお話しした通り、その前に準備すべきことがあるからです。
まずEQが高い、正しいリーダーの下で意思疎通ができること。いろんな「異見」を出せるようなマネジメントチームがあり、一体となっていること。
会社と組織のミッション・ビジョン・バリューが定義されていて、メンバーの間で、「これが大事だね。こっちの方向に進みたいよね」という認識が共有されていること。これらの準備ができていて初めて、戦略を立案できるのです。
問題が起きたから「すぐに対処しろ」と言っても、リスペクトされているリーダーがいなくて、フラットに議論できるチームがなくて、ミッション・ビジョン・バリューが定義されていなかったら、どこに向かえばいいのか判断ができません。どうやって戦略を立てるのですか? という話になります。
■ PS3、コストダウンの失敗談
戦略立案とは少し違いますが、私の失敗談をお話しします。
私は2006年にプレイステーション事業の社長として日本に帰ってきました。ちょうどプレイステーション3(PS3)が発売されて間もない時期でしたが、コストがとても高い商品で、「PS3」を1台売るごとに、数万円の赤字が出ていました。赤字が出ているのに、なぜそんなビジネスをするのか?
ゲームビジネスをご存じの方はわかると思いますが、ゲーム機の本体を発売した以上、普及台数を加速度的に増やしていかないと、誰もゲームソフトを作ってくれないからです。
「普及台数が少ないゲーム機のためにソフトを作る必要があるのか?」となってしまうので、一度ゲーム機を販売した以上は、赤字だろうが何だろうが、100万台、500万台、1000万台、2000万台と、販売台数をどんどん増やさなければいけません。
でも、1台売るごとに数万円のロスが出ているので、「さあ、どうしよう」という状況です。
私が日本に帰ってからまず時間を割いたのは、いろんな部署の人たちを呼んで、「コストダウン、コストダウン、コストダウン」と連呼することでした。「もっと安い部品を使えないのか? もっと安い発泡スチロールはないのか? 段ボールはもっと薄くできないのか?」と、こんな具合です。
ありとあらゆるところで、「コストダウン、コストダウン」と言い続けていたら、若い社員から、「平井さん、ちょっと待ってください。まずはPS3を商品として、ちゃんと定義してください」と言われました。
PS3は、ゲームもできるし、音楽も聴けるし、いろんなデジタルコンテンツをダウンロードして楽しめる。いろんなことができるハードウェアでした。だから、製造コストも上がってしまったわけです。
若い社員からは「PS3とは何なのか。PS3のパーパスや、ミッション・ビジョン・バリューを定義しないまま、とにかくコストダウンをしろと言われても何をすべきかわからない」と言われて、「なるほどね」と思いました。
早速、マネジメントチームで集まって議論しました。
その結果、PS3は、いろいろなことができるハードだけれど、初期の段階では「PS3はゲーム機だ」と定義することを決めました。
他のこともできるけど、「まずはゲーム機なんだ」というように、PS3のミッション・ビジョン・バリューをはっきりさせて、その内容を現場に戻しました。
すると、現場のみんなが「平井さん、わかりました。ゲーム機だと言うならば、ゲームに関連する部分はコストダウンしません。ゲームと関係ない部分はコストダウンを検討します」ということで、メリハリがつけられるようになったのです。
私は、「赤字が出ているから、コストダウンしなければいけない」ということで、目の前の問題に対処するために戦略を立てようとしました。でも、商品のミッション・ビジョン・バリューがはっきりしていないと、いくら戦略を立案したところで空回りしてしまいます。
これは会社もまったく同じで、外部環境の変化に応じて新しい戦略を立てたとしても、それが会社の進むべき方向や、会社の存在意義とマッチングしていなければ、戦略としては成り立ちません。
何か問題が起きると、すぐに戦略に頼りがちなのですが、その前に、ミッション・ビジョン・バリューを定義すべきであり、さらにその前に高いIQを持ったマネジメントチームが必要で、そのチームをマネージする、EQの高いリーダーが必要だと思います。
■ 正しい人間+正しい戦略
ビジネスでも、プロジェクトでも、DXでも、何でもいいですが、成功へのスタートラインに立てる唯一の組み合わせは、「正しい人間」、つまりリスペクトされているリーダーシップの下で、「正しい戦略」を立てることです。
これが成功するための、唯一の組み合わせです。
他の組み合わせを考えてみてください。
例えば、リスペクトされていないリーダーのもとで、正しい戦略を立てた場合はどうでしょうか?
チームの中には、「また梯子(はしご)を外されてしまうかもしれない」とか、「あのリーダーは朝令暮改だし、うまくいったら自分の手柄にするけれど、失敗したら私たちのせいにされかねない」といった懸念があると、「とりあえず、八割方の注力でいいかな」という意識になってしまいます。
これでは、成功する確率がどんどん下がっていきます。
一方で、これはあまり無い事例ですが、リスペクトされているリーダーが、散々議論した上で、間違った戦略を採用した場合はどうでしょう。
よく冗談で言いますが、私がみんなと議論して、これからソニーの進むべき方向は「ファミリーレストランの経営だ。どこかのファミレスチェーンを買収しよう」と言ったら、「私は、あなたをリスペクトしているけど、その戦略は大丈夫ですか?」となりますよね。これはもちろん成功しません。
また、残念ながらよくあるのが、リスペクトされていないリーダーが、ちゃんと議論をしていないので、変な戦略を出してくるケースです。これはまったくダメで、乗馬する前に落馬するというやつです。
ですから、成功へのスタートラインに立てるのは「正しい人間」と「正しい戦略」の組み合わせだけです。
これが成功への唯一の道であることを、付け加えておきます。
1998年にテレビ東京入社後、報道一筋。「ワールドビジネスサテライト」、東証・日銀担当記者、「ガイアの夜明け」立ち上げ、北京支局、「カンブリア宮殿」、ニューヨーク支局、「Newsモーニングサテライト」などを担当。経済を切り口にドキュメンタリーを多く制作し、北京五輪開催を控えた中国では「癌の村」や「胡同の町の強制立ち退き」の記録を制作。2018年1月から2022年1月までの4年間はニューヨーク支局に赴任し、新型コロナウイルス感染拡大や、BLMなど社会を揺るがす市民運動、異例づくしの大統領選などを特集した。「ガイアの夜明け」では、2003年のイラク戦争が開戦するまでクウェートで長期取材したほか、2012年には中国で反日暴動に襲撃された日系の百貨店「平和堂」が再開するまでを潜入取材した。「カンブリア宮殿」では、サッカーW杯・南アフリカ大会で初の16強入りを果たした岡田武史元監督の独占取材を行う。2025年4月から「ガイアの夜明け」チーフ・プロデューサーを務める。本書は自身がプロデュースしたNewsモーニングサテライトの人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化。テレビでは伝えきれなかった部分を含めて、再構成しわかりやすくしたものである。