
星野リゾートの星野佳路代表 写真提供:共同通信社
自社の課題に正面から向き合い、事業を再建・成長へと導いた一流の経営者たちは、何を羅針盤とし、どのように組織をまとめ上げ、目標を達成したのか。経済ニュース番組の人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化した『 鉄人たちの仕事の哲学』(小林洋達著/かんき出版)から一部を抜粋。日本を代表する経営者の思考法や信念に迫る。
「教科書通りの経営」を実践し、成果を上げ続ける星野リゾート代表の星野佳路氏。成功の秘密は、理論が現場で機能する組織文化の醸成にあった。
本稿は「JBpress Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2026年1月26日)※内容は掲載当時のもの
星野流「科学的経営」

『 鉄人たちの仕事の哲学 』(かんき出版)
■ 人を信じず、仕組みを信じる
――星野さんの経営で一番興味深いのは、「社員の正しい判断を促す」というところです。星野さんは、以前に別の番組の取材で、「人を信じて任せると、その人たちはいずれ自分で楽しく感じて、動き出す」と仰っていました。
一方で、教科書通りの経営を掲げているわけですから、採用した教科書をスタッフにちゃんと理解してもらい、その通りにやってもらうという厳格さもあるわけです。教科書通りにやる厳しさと、「任せれば動き出す」みたいな自由さのバランスについて、星野さんはどのように考えていますか?
星野その番組では「任せれば動き出す」とは言いましたが、信じてはいないんですよ、私は。信じたから任せているわけではありません。
フラットな組織文化を目指しているから、スタッフには意思決定に参加する自由度を与えているのです。意思決定に参加する自由度があると、人は必ず動き出します。これは、ケン・ブランチャード理論の根本なので、私は人が動き出すことは信じていますが、動き出した人が正しい判断をするとは限りません。
動き出した人の判断を信じることはリスクであり、私は誰も信じていません。だからこそ、私も含めてすべてのメンバーに教科書が必要なのです。みんなに教科書の内容を知ってもらい、個々のスタッフの判断能力を高めていくことが重要です。
また、誰かが一人で判断するのではなく、フラットに議論する場をつくり、フラットな議論の中から正しい答えを生み出していくという組織文化があることが大事です。
付け加えて言うと、顧客に喜ばれることをしたいという気持ちが、スタッフのみんなにあるということは信じられるのです。
――でも、そのスタッフの思いが、正解に向かっているとは限らないということですね。
星野スタッフの情熱が、正解に向かっているかどうかはわからないので、顧客満足度の数値や、収益の実績を社内で公開することが大事ですし、フラットに議論する環境を提供することも重要です。誰か一人が意思決定をすると、それが経営者であっても間違います。
情報が組織内を行き来して、業績がみんなに見えている状態で、フラットに議論することが大事だというのが、ケン・ブランチャード理論のエッセンスです。
――星野リゾートでは、星野さんも参加する形で、フラットな議論をしていると思いますが、決断するのは社員ですか?
星野議論の結果で決めていけばよいわけです。社員の誰か一人が決めることほど危険なことはないので、そこを信じているわけではありません。フラットに議論をできる環境が物事を決めていくのであって、経営者とか、総支配人とか、そういう立場は、ものを決める際には関係ないです。
もちろん、どこかで誰かが意思決定をしなければいけないのですが、正しい議論をフラットにできる環境があることで、結果的にそのチームが正しい意思決定をする可能性が高まるというのが、ケン・ブランチャード理論です。
――星野さんは、「あの教科書の意味はこうだよ」ということは、スタッフにはっきり伝えるけれど、それに臆することなく、みんなが反論できる環境をつくっているということですね。
星野 そうです。それが大事です。それが重要なんです。
――それが、星野リゾートでは、実現できているということですか。
星野 他の企業よりも、はるかに高いレベルで実現できているとは思いますが、組織が大きくなるにつれて、フラットな組織を維持することに、かなり力を注いでいます。
社員が入社する時からそこを重視していて、フラットな組織文化を目指していることを、ほぼ全員が知っています。ただ全員が知っていても、本当にフラットな組織文化を維持するためには、さらに努力が必要です。
われわれは今、73の施設を運営していますが(2025年9月現在)、その「フラット度合い」を測定することができれば、数値は上下すると思います。あるチームは他のチームよりはるかにフラット度が高かったり、バラツキが出たりすると思います。それを、どうやって高いレベルで統一していくかということも、星野リゾートがフラットな組織文化を維持していく上で、とても大事なことだと思います。
■ 科学の力が意志をもたらす
――星野さんが、どのような目線で人を見ているのか興味があります。なるほどと思ったのは、星野さんは、自由を与えられたスタッフが自ら動き出すことは信じているけれど、スタッフの動きが正しいとは思っていない。
星野ほぼ正しく動かないですね。
――星野さんは人のことが好きで、関心はあるけれど、そんなにウエットな感情ではない気がします。星野さんがどんな目線で人を見ているのか知りたいです。
星野 どういう目線でというか…、やっぱり組織文化と仕組みで考えますね。
仕組みとは顧客満足度を測定したり、社内で収益を公開したり、ブランド力を毎年調査して、その結果を社内で発表することです。「アニュアルメッセージ」という、全社員向けの研修動画を毎年配信していますが、そこで毎年9月に実施するブランド力測定調査の結果を詳細に説明します。
重要な経営指標を測定し、公開することで、それぞれの宿泊施設やチームが、それぞれの目標に向かって正しく議論できる環境を提供しています。その仕組みと、フラットに議論できる組織文化さえあれば、それぞれのチームが正しい経営判断をするという自信はあります。
ですから、人を見て、その人を信頼しているわけではないのです。正しい仕組みの中に人が集まった時に、結果として正しい判断が生まれてくることを信じているわけです。
――それは「性善説」ですか? 環境さえ整えば、最後は正しい判断ができると?
星野 性善説ではなくて科学なんですよ。ケン・ブランチャード理論も含めて科学です。「ホーソン実験」という有名な心理学の実験もありますが、働く人たちのモチベーションに関する論文はもう積み上がっています。「こういう環境を用意したら、正しい意思決定をする確率がはるかに高くなった」というような実績が積み上がっていて、これはもう科学の世界です。性善説的に人を信じているわけではありません。
――科学を導入しないと、間違う可能性や、失敗する可能性がある。
星野 失敗する可能性が高まります。だから仕組みを導入する。スタッフのモチベーションの維持も含めて、会社やチームは仕組みで対応しないと危ないのだと思います。
――そのように科学を導入して、教科書を導入して、仕組みを導入しないとうまくいかない、という危機感みたいなものが、星野さんに最初に根付いたのはいつですか?
星野 自分の経営判断や、「感覚経営」を私は信頼していないですから。自分の経営判断さえ信じない。感覚経営を信頼していないので、大事だと思うことはすべて測定したいし、それから、いろんな業務内容や、自分の意思決定が、どういうふうにそれぞれの重要な要素に影響したかも測定していきたいです。
できるだけ正しい判断、正しい打ち手を取りたいのです。
ビジネス研究の世界では世界中の教授たちが、さまざまな実験をして、統計的な解析をした上で、定石をいっぱい打ち出してきているわけですから、そこをちゃんとフォローすることが、正しい判断に至る確率を一番高める。そういう考えからスタートしていて、それが今でも私の中では、一番安全性を高めているのです。
1998年にテレビ東京入社後、報道一筋。「ワールドビジネスサテライト」、東証・日銀担当記者、「ガイアの夜明け」立ち上げ、北京支局、「カンブリア宮殿」、ニューヨーク支局、「Newsモーニングサテライト」などを担当。経済を切り口にドキュメンタリーを多く制作し、北京五輪開催を控えた中国では「癌の村」や「胡同の町の強制立ち退き」の記録を制作。2018年1月から2022年1月までの4年間はニューヨーク支局に赴任し、新型コロナウイルス感染拡大や、BLMなど社会を揺るがす市民運動、異例づくしの大統領選などを特集した。「ガイアの夜明け」では、2003年のイラク戦争が開戦するまでクウェートで長期取材したほか、2012年には中国で反日暴動に襲撃された日系の百貨店「平和堂」が再開するまでを潜入取材した。「カンブリア宮殿」では、サッカーW杯・南アフリカ大会で初の16強入りを果たした岡田武史元監督の独占取材を行う。2025年4月から「ガイアの夜明け」チーフ・プロデューサーを務める。本書は自身がプロデュースしたNewsモーニングサテライトの人気コーナー「モーサテ塾」を書籍化。テレビでは伝えきれなかった部分を含めて、再構成しわかりやすくしたものである。