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 信長、秀吉、家康に重用された大戦略家・黒田官兵衛、秀吉の天下統一を支えた弟・秀長など、いつの時代も成長するリーダーの傍らには、優秀なブレーンが控えている。『軍師の戦略 増補改訂版』(クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋。限られたリソースで最大限の結果を出してきた乱世の軍師たちの姿から、現代のビジネスに通底する戦略を探る。

 黒田如水(官兵衛)は単なる軍略家ではなく、人の心や能力を見抜くことにも長けた人物だった。現代の組織運営にも通じる、如水流のマネジメント術を紹介する。

率先垂範の倹約の理念経営

『軍師の戦略 増補改訂版』(クロスメディア・パブリッシング)

 黒田如水は、常に倹約をして無駄な出費を嫌った軍師であり武将の一人といえるだろう。手道具に至るまで粗末なものを使い、どの品でも長い間持つということをせずに、近習(きんじゅ)の者などに、例えば羽織は百五十文とか二百文くらいで、また、足袋などもそれ相応の値段で払い下げていたという。

 側近の者が「少々のお金のために払い下げをされなくとも、拝領を仰せつけられればよろしいのに」と言上したところ、如水は「物を貰うのと自分で色々考えて買うのとどちらが嬉しいか」と微笑しながら聞き返した。

 皆が口を揃えて「人から貰うのも誠に嬉しゅうございますが、自分で買ったほどではござりませぬ」と答えたという。すると、如水は次のようにいった。

「さもありなん。貰った者は喜ぶであろうが、貰わぬ者は恨みを含むのではないだろうか。誰にやって誰にやらない、で良いというわけのものではない。だからといって功のない者にもやれば、功のある者に恩賞を与えるときに、その効果がない。だからこそ、古い物をやりたいと思うときは安く下げ渡すのだ。お前たちにしても、わずかでもお金を出して買う方が得ではないか」

 人情の機微を知りぬいた如水のやり方ではないだろうか。

 また、こうも言った。

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「金銀を用いるべき事に用いなければ、石瓦と同じである」

 無益な出費を戒めるのは当然だが、単なる蓄財のための蓄財では、本末転倒だというわけである。

 さらには、家臣たちに「庭には梅の木を植えよ。梅干ができるので食うには困らぬ」と命令し、倹約した財を貧しいものに恵み、窮する者を助けるために惜しみなく使ったという。そのための倹約、蓄財であるとその理念を家臣たちには心をこめて説明した。

 家臣たちは如水の理念に共感・納得し、倹約に励み、武具を整え、いつでも出陣できる磐石の態勢を作っていたという。これは現代の危機管理も、リスクマネジメントも同様ではないだろうか。

治(ち)に居(い)て乱を忘れず
――『易経』
▶世の中が治まり平和なときも、常に乱世になったときのことを考えて準備を怠ってはいけないということ。

適材適所の考え方

 如水は人の心というものをよく考えていただろう。人の心はころころと猫の目のように変わるもの、あるいは、どんどん動くものである。それは今も昔も変わらないだろう。

 特に、戦国時代や江戸時代などは主君や将軍の心が変われば、その中で、生き残りながら、自分の信念、譲れないものとのせめぎあいをしていくのが人間だろう。

 さて、如水は適材適所を特に大切にしていたようだ。次の言葉などを見れば、そのことが推察される。

 如水は「部下を夏の火鉢や日照りの雨傘にするな」と息子の黒田長政に言ったという。夏の火鉢が役には立たないのと同様に、日照りの日に役に立たない雨傘にしてはならない。すなわち、適材適所、その人その人が持っている能力をうまく使いこなすことが大切だというわけである。適材適所の考え方は今も昔も変わらない。

 また、如水はよく人を用いる人であった。つまり「人間通」だったといえよう。

 優秀な人間がたまたま悪行を行ったりした場合には、まず職位や禄を与えたり、あるいは、金銀衣服などを下賜しておいて、その後二、三日してからその悪行を咎めたという。

 そのため家臣たちは恩賞を受けてもおごり高ぶることもなく、罰を受けてもさして恨みに思わなかったという。いつの時代でもペナルティ人事は難しい。この手法は、現代でも応用できるのではないだろうか。

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人生訓を持つ

 また、如水は「水五訓」を人生訓としていたと伝わっている。他方、これは大和ハウスの創業者石橋信夫の座右の銘でもあった。経済人に信奉する人も多い言葉である。また、内容とともに、この文語的な詩のような語調や響きを愛好している人も多いと聞く。「水五訓」の語感や文の響きも合わせて味わっていただければと思う。

一、自ら活動し他を動かしむるは水なり
一、常に己の進路を求めて止まらざるは水なり
一、障害に逢ひて激しく其勢を百倍し得るは水なり
一、自ら潔らかにして他の汚を洗ひ清濁併せ容るるの量あるは水なり
一、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変し霰(あられ)となり凝ては玲瓏(れいろう)たる鏡となり其性を失はざるは水なり

 黒田如水が「水五訓」を真に人生訓としていたかどうかの文書は残っていないが、彼の生きざまを考えてみるとき、如水の心はこうであったろうと推察される。

 というのは、黒田如水の思想の土台となっている孫子の兵法に同趣旨の言葉があるからである。水のように形を変える臨機応変の柔軟性を孫子は次のように大切にしているので、如水の人生訓の原典はもしかするとこれかもしれない。

「夫れ兵形は水に象(かたど)る。水の行くは、高きを避けて下に趨(おもむ)く。兵の形は、実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流れを制し、兵は敵に因りて変化して勝ちを制す。故に兵に常勢無く、水に常形無し。能よく敵の変化に因りて勝ちを取る者、之を神と謂ふ」

 現代語に訳すとこうである。

「そもそも軍隊の形は水のようなものである。水の流れが高いところを避けて下へ向かって流れていくように、軍隊も敵の充実したところを避けて敵の弱点や手薄なところを攻めていかなければならない。水は地形のままに従って流れを決め、軍隊は敵の実情に応じて変化して勝ちを制する。だから、戦争には決まった形やパターンなどなく、水もまた決まった形などない。すべて敵の変化に柔軟自在に対応して勝利するのである。この水の性質のような臨機応変、活機応変の巧みな変化を神妙の技、神業という」

 あらためて、水の心の生き方や経営、「水五訓」や孫子の「水」の深いメッセージを感じられてはいかがだろうか。また、「水五訓」をビジネスの信条とされて、ビジネス成功の指針として欲しい。

おもひおく 言の葉なくて つひに行く
道はまよはじ なるにまかせて

――『黒田家譜』
▶もうこの世に思い残すことは、何もない。今は迷うことなく水の如く心静かに旅立つだけだ。(黒田如水・辞世の歌)