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 信長、秀吉、家康に重用された大戦略家・黒田官兵衛、秀吉の天下統一を支えた弟・秀長など、いつの時代も成長するリーダーの傍らには、優秀なブレーンが控えている。『軍師の戦略 増補改訂版』(クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋。限られたリソースで最大限の結果を出してきた乱世の軍師たちの姿から、現代のビジネスに通底する戦略を探る。

 藤堂高虎はなぜ、7回も主君を変えたのか。そこには、「どの主君なら自分の力を最も生かせるか」という明確な基準があった。戦国時代屈指の「渡り奉公人」が示したキャリア哲学を読み解く。

自分を活かせ!

『軍師の戦略 増補改訂版』(クロスメディア・パブリッシング)

 藤堂高虎というと、現代においてどういうイメージでとらえられているのだろうか?

「世渡り上手」「渡り奉公人」「日和見武将」「風見鶏」「7回主君を変えた変節漢」などと悪しざまに言われたり揶揄されたりするイメージがあるかもしれない。

 しかしながら、一方で、豊臣秀長には大いに評価され、三百石から二万石の大名クラスの知行に。また太閤秀吉からも評価され、自立した七万石の豊臣大名に取り立てられる。さらには、天下人・徳川家康にもっとも信頼された側近中の側近的な外様大名でもあった。

 そこまで彼らに評価信頼されるということは、単なる「世渡り上手」「風見鶏」「変節漢」などでできるものであろうか? 実は、彼らに対して真に忠義・忠節の武将であったのではないだろうか。

 他方、自分を活かそう、存分に働きたい、その強い思いの結果が、結果として、7回主君を変えることになっただけではないだろうか。悪く言う人はいくらでも言うものである。大きく成功したからやっかみや嫉妬、妬みからそういわれたかもしれない。

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 また、高虎の生き方は、決して日和見とか長いものに巻かれることでもないのではないだろうか。むしろ、どの主君に仕えれば、自分の才能が最も活かせるか、主君に貢献できるかを主体的に選び取り、選んだ以上は120%の忠節・忠義と必達の努力を尽くす、いわば、その徹底したプロ意識こそが、彼を単なる変節漢や裏切り者ではなく、秀長や家康などから信頼される人間へと変えたのではないだろうか。

 最終的には徳川の大名として三十二万石余の知行にまで上り詰めた、高虎のこの軌跡には、キャリアの波を生き抜くための普遍的な知恵が詰まっているのではないだろうか。ビジネスの視点で見れば、彼ほど“環境変化に強いプロフェッショナル”はいなかったかもしれない。

 その意味でも、現代のような不透明な時代には、高虎の生き方や考え方は大いにヒントを与えてくれるのではないだろうか。

 ちなみに、「渡り奉公人」についてである。時は下剋上の戦国時代、弱肉強食の乱世である。

 この時代には、一国一城の主になりたいという夢や志をもった能力ある武士がより良い条件の働き先(奉公先)を求めて主君を替える「渡り奉公」が盛んだった。「渡り奉公人の花時」とも呼ばれたようでもある。その意味で、もしかすると、転職が普通になってきている現代と高虎の当時は近いかもしれない。

 渡り奉公人の代表的な人物の一人として、確かに藤堂高虎があげられるであろう。他にも渡辺勘兵衛、津田重久など様々な人物が挙げられよう。

戦国サバイバル哲学

 高虎のそのような信頼はどのように得られていったのであろうか?

 晩年に到達した彼の哲学や境地や教訓を後継者に与えた「太祖遺訓」や「高山公二百箇条」をヒントに、彼の人生の波や節ごとを逆算思考的に読み解いて行ってみたい。

 読み解くヒントとして、高虎没後にまとめられたものであるが、大名・主君の心構えともいうべき「太祖遺訓」を源流とする「高山公遺訓二百箇条」の第1条をまず見てみよう。原文と現代語訳はこうである。

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【可為士者常之覚悟之事】(さむらいたるもの、つねのかくごのこと)
第1条 寝屋を出るより其日を死番と可得 心かやうに覚悟極るゆへに物に動する事なし 是可為本意

(寝室を出る時から、今日は死に番の日だと心に決めること。そのような覚悟があればこそ、物に動じることはない。これが武士として本来あるべき覚悟である)

「朝起きたら、今日は死に番だと思い定めよ。そうすれば、一日を悔いなく、丁寧に生きることができる」という教えともいえよう。これは死を意識することで、生の質を最大化せよ、というポジティブな死生観といえようか。

 次に、家臣、奉公人として、その主人に仕え続けるべきかどうか、その家にいるべきかどうか、転職すべきかどうかの基準を述べているところがある。現代にも通ずる内容かと思うので、ご紹介したい。第40条である。

「数年昼夜奉公をつくしても気も不附 主人ならは譜代なり共隙を可取うつら〳〵と暮し候事詮なし情深く 理非正しくハ肩をすそにむすひても 譜代の主人といひ情に思ひかへとゞまるへし」
(数年、昼も夜も奉公をつくしても気が付かないような主人なら、代々仕える家〔譜代〕であったとしても辞めるべきだ。うつらうつらと徒(いたずら)に日々を過ごし暮らしていくのは意味がない。が、情が深く道理にかなった正しい主人ならば、わき目も振らず懸命に働いて、代々仕えている主人だからと思って情を持って考え直し、思いとどまるべし)

 なぜ7度主君を変えたかという藤堂高虎の考え方や思いがよく表われているといえよう。約400年前の高虎のいわば転職哲学であるが、現代において転職しようかどうしようか迷った時に、とても参考になるような内容ではないだろうか。

 自分の能力や付加価値を高め続け、それを最も必要とするところ(主君)に提供し続けようとするプロフェッショナルな武士の生き方、生き様と言ってもよいかもしれない。

 いろいろ示唆に富む内容が高虎の遺訓にはあるので、もし機会があったら、一度目を通されてはいかがだろうか。