patpitchaya / Shutterstock.com

 先行きが見えにくい時代において、今改めて注目されているのが、人文学や哲学、歴史といった「人文知」が持つ価値だ。本稿では、山口周氏と深井龍之介氏の対談を収めた『人文知は武器になる』(文藝春秋)から内容の一部を抜粋。生成AIをはじめ、技術革新は加速度的に進化している。それに伴い、企業や個人に求められる能力も変わりつつある。ではこれからの時代に必要な能力とは何か。

なぜ過去に多くの企業や産業が滅びていったのか

『人文知は武器になる』(文藝春秋)

山口 いままさに技術革新が起きています。AIの費用が安くなり、与えられた問題を解決するコストが下がると、その能力は過剰供給されるので、過去の歴史のパターンから考えると、価値が下がるはずなんです。

 過去の歴史から見て、過剰供給されると何が起こるかというと、ボトルネックが隣の工程に移動します。第一次産業革命のときに、イギリスで織機と紡績機に蒸気機関を組み合わせて、糸と布の生産量が飛躍的に上がりました。でも布製品の製造工程全体を考えると、一つの工程だけスループット(処理能力)が上がっても、その前後の工程が目詰まりしたままでは、全体のアウトプット(生産量)は増えないんですよね。

 だからその前工程や後工程にボトルネックが移動するということが、たびたび起きてきた。そのボトルネックを解消しようとするところに、イノベーションやビジネスチャンスが生まれてきたんですね。

 そう考えると、正解を出す能力が上がったいま、ボトルネックとなっているのは、次の二つの能力です。

2/3 PAGES

「おもしろい問いを立てる」能力
「出した解を実行する」能力

 しかし、みんな意識せずに、相変わらず正解を出せる人を求めています。

 人材に求められる質が、150年から200年の間にどう変化してきたかということを踏まえると、人材のボトルネックは大きな経営の論点として浮かび上がってくるはずですが、人事部長はおろか、経営者でも、そこを考えている人があんまりいない。歴史的なコンテキスト、過去に何が起こって多くの企業が滅び、多くの産業が滅びていったのかということは、やっぱり知っていないとまずいと思いますよね。

深井 まさにいま、ビジネスの世界ではパラダイム・シフトが起ころうとしてるわけですよね。ビジネスパーソンを武士にたとえるとわかりやすいんですけど、いままでは戦国時代だったので、戦争でどれだけ敵軍を殺せるかというスキルが重視されていました。ところが、江戸時代になって官僚化しないといけなくなり、「刀よりも筆を持て」「算盤をはじけ」みたいになったわけですよね。それってすごく難しいことだったと思うんですけど、必要だから変わらざるを得なかった。

 同じように、これからのビジネスパーソンにはいままでと全然違うスキルとかマインドセットが求められる可能性があるわけです。それは、先ほど言ったようにビジネスが公共を担う領域にまで広がっていって、ビジネスリーダーが公共性を重視しながら社会を動かす存在になっていくからです。

これからのリーダーに求められる力

深井 この不安定な世界の中で、政治家がなんとかしてくれるならそれが一番いいんですが、正直あまり期待はできない。彼らはどうしても選挙や政局争いで頭がいっぱいで、それは、政治家が悪いというより、構造的に中長期的なことを考えるのが難しいんです。

3/3 PAGES

 その中で、相対的に役割が広がっているのがビジネスパーソンということなんです。これまでは社会の中でいわば子供のように扱われていて、「法に触れなければ好きなことをして稼げばいいよ」と言われていました。

 しかしいまは、ビジネスパーソンが壮年期の大人として振る舞い、自覚的に社会のために動かないと、社会システム自体が崩壊してしまうようなフェーズに入っている。僕はそう認識しています。そのときに求められるのは、目先の利益を上げるスキルではなく、社会を読み解く深い洞察力ですよね。これはひどく市場から遠いことのように思われるかもしれませんが、先ほど話した通り企業の存在価値ともかかわることですし、人材獲得とも関連する話でもあります。

山口 なるほどね。僕が2020年に出した『ビジネスの未来』(プレジデント社)は、「ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか?」という大きな問いを立てて、これから先、ビジネスや企業が果たす役割がどうなっていくかを私なりに分析したものなんですよね。ビジネスの未来も歴史的なコンテキストを踏まえないとなかなか考えることができませんし、正しいか正しくないかは別にして私なりの答えを出せました。やっぱり歴史的な視点を持ったうえで、いまと未来を考えていくということは、これからのリーダーには絶対求められますよね。

深井 そうですね。歴史を知らないと、情報が少なくて判断できないだろうなと思います。たかだか数十年の経験や現代のニュースだけで、世界を認識する。それでは歴史的に見て「一時的なノイズ」なのか「不可逆な構造変化」なのかを判断するのに必要な知識が圧倒的に不足してしまいます。