
航空機を飛躍的に発展させた発明は「パラシュート」だった。このエピソードが与える示唆とは
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先行きが見えにくい時代において、今改めて注目されているのが、人文学や哲学、歴史といった「人文知」が持つ価値だ。本稿では、山口周氏と深井龍之介氏の対談を収めた『人文知は武器になる』(文藝春秋)から内容の一部を抜粋。テクノロジーの進化は、社会で価値を持つ能力や資質を変えてきた。時代ごとに変わる“勝者の条件”はどのように生まれるのか。歴史からそのメカニズムを探る。
株式会社はとんでもない発明

『人文知は武器になる』(文藝春秋)
深井 本格的に技術革新が加速しているのは、企業が技術開発を競争的に行うようになって以降です。第一次世界大戦直前ぐらいから始まり、第二次世界大戦前後は技術開発を国家が主導していた時期がありましたが、そのあとからですよね。国家主導の宇宙開発がひととおり終わったあとぐらいから、さらに加速しています。
技術開発の主体者が企業に移行した結果、株式発行によって返済義務のない自己資金が多く調達できるようになり、技術開発にお金をかけられるようになった。また、技術開発の出口としての製品やサービスは自由競争市場に投入され、その利益をまた技術開発に投入するという循環ができたので、技術開発が加速されたんだと言えます。
山口 歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが、株式会社や金融の仕組みは人類が発明した想像上の秩序だと、人と人との間に「信頼」とか「つながり」を生み出す概念で、神話みたいなものだと言っていますよね。深井さんもコテンラジオ(「【12-6】株式会社の誕生─世界経済を変えたヤバすぎる発明」2020年1月9日配信)でおっしゃっていましたが、株式会社ってとんでもない発明だと思いますよね。
中でも重要なのが株主(出資者)は、会社が倒産しても出資した金額のみ責任を負う「有限責任」という原則です。これによって、リスクが限定されるからみんなが安心して出資できるようになり、巨大な資本を集めて大規模な事業を行うことも可能になったと。
これは鉄道の登場と大きく関係していますね。巨大なインフラをつくって長い時間をかけて回収するビジネスモデルなので、有限責任と権限移譲で動かしていくという経営システムが必要になったわけです。これも技術革新によって社会が変わった例と言えますけど、株式会社という有限責任のシステムができたおかげで、今度は経営上のリスクを取ること、イノベーションに挑戦することができるようになった。そして、それが今日のアップルとかスペースXにつながっていくわけですよね。
航空機を進化させたイノベーション
山口 この間、マーケターの音部大輔さんから、こんな話を聞きました。彼はP&Gの研究員としてMIT(マサチューセッツ工科大学)にしばらくいた時期があって、そのときにMITの航空機エンジニアから「航空機の技術が飛躍的に発展するきっかけになった発明があるんだけど、なんだと思う?」と聞かれたそうなんです。私は航空マニアなので、音部さんに「ジェットエンジンかな、ハニカム構造かな……」と答えていたら、正解は「パラシュート」だと言うんですね。これは、ある意味で、株式会社の有限責任の話と同じなんです。
技術革新というのは、リスクを取って挑戦しなければ起こせません。しかし、航空機のテストではリスクを取りすぎるとパイロットの命を失ってしまう。だから、航空機の開発は原理的にリスク回避的にならざるを得ないんです。ところが、パラシュートの登場によって、パイロットは万が一のときは脱出して生きて帰ることが可能になった。そこで、リスクの高い設計や技術を試験飛行でテストできるようになり、航空機にまつわる様々な技術が飛躍的に向上した、という話なんです。
このエピソードが与える示唆は重要です。「いざとなったら逃げられる」と思うことができると、大胆な挑戦ができる。これは人生でもビジネスでも同じでしょう。
こうした話も、歴史上の出来事をただ単に知っているということと、そこからメカニズムを抽出して抽象化することの違いなんで、歴史の考え方のおもしろいポイントかなと思います。
15.勝者になれる人の条件
社会にとって希少なものが何かで勝利条件は決まる
深井 メカニズムを抽出することに関連して言うと、いま、起きていることで過去に起きていないことはまずないけれど、ゲームは同じでもルールが変わっているんですよね。勝利条件みたいなものが時代とともに移り変わっています。だから同じゲームをしていても、新しい勝利条件が付与されると、過去に例のない勝ち方をする人が現れるということが起こります。
山口 勝利条件が変わる例としては、どんなものがありますか。
深井 そうですね。たとえば、いまは「力の強い人」より「論理的な人」が勝つ時代だと思います。力の強い人が勝つのって、かなり特殊条件だとは思いますが。
山口 力の強い人が勝つ時代は、狩猟採集社会とか戦乱の時代でしょうかね。現代社会では、動物をたくさん狩れる人よりは、論理的な思考力の高い人のほうが出世するとか。
深井 あとはSNSとか、動画投稿や配信という仕組みが登場して、そこで人気を得るための新しい勝利条件みたいなものが出てきていますよね。
山口 おっしゃるような勝利条件は、その社会における「希少なもの」が何なのかによって変わるものと言えるかもしれないですね。希少なものを生み出せる人が、常に優位な立場に立つ。狩猟採集社会ではタンパク質が希少だったので、魚や動物をたくさん捕れる人が優秀とされたわけですけど、いまは多くの人にとってタンパク質は安価に調達できるようになったから、別の力が尊ばれる。
20世紀と21世紀で言うと、20世紀は問題が多くて正解が希少だったから、正解を出せる人が評価されたけれど、いまはAIが社会に浸透してむしろ正解があふれているので、問いを立てられる人が評価される。他にもいろいろなパターンがあるのかもしれませんが、時代や社会によって希少なもの、価値あるものが変化するから、勝利条件が変わるという理解でいいでしょうか。
深井 はい。そのとおりですね。僕は、その「何が希少か」を決めているのが技術革新だと考えています。「技術革新によって生産体制が変わると、その社会における希少なリソースが変わり、その希少なリソースへのアクセス権を持つ人たちが勝つ」というのが僕の感覚なので、周さんのおっしゃっていることと一緒だと思います。
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。1970年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『コンテキスト・リーダーシップ』など。
1985年島根県生まれ。2009年、東芝に入社し経営企画に配属。その後、複数の企業を経て、2016年にCOTENを設立。会社を経営するかたわら、Podcast番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」のパーソナリティを務める。