
公共性と収益性を両立するには、自転車に乗るようなバランス感覚が求められる
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先行きが見えにくい時代において、今改めて注目されているのが、人文学や哲学、歴史といった「人文知」が持つ価値だ。本稿では、山口周氏と深井龍之介氏の対談を収めた『人文知は武器になる』(文藝春秋)から内容の一部を抜粋。なぜ地方の老舗企業や「アトツギ経営者」に注目が集まるのか。公共性と収益性という一見相反する価値を両立してきた経験に、日本企業の競争力の源泉を見いだす。
「跡継ぎ企業」と公共性

『人文知は武器になる』(文藝春秋)
山口 松岡正剛さんと対談させていただいたときのお話で印象に残っているのは、「日本の会社は『家』である」ということです。「個人」というよりは「集団全体」として見る。
「うちの会社」という言い方をするのは、それが自分の内側と認識しているからなんだ、と。江戸時代の商家などでは奉公人も含めて家族としてとらえていたわけですが、それが未だに意識のなかに残っているわけですね。
だから、もともと「個人」を出発点としている西洋型のシステムに基づいたグローバルなガバナンスを持ち込もうとすると違和感が出てくる。その「家」という意識が自分たちの深層心理に染みついているということを認めないまま、グローバルな経営システムを持ち込もうとしても、おそらく上手くいかないというのは、民主主義などの社会システムと同様ですよね。
深井 同じ話だと思います。ちなみに僕も日本の会社は家だと思っています。「封建資本主義」って呼んでいるんですけど、僕が注目しているのがオーナー企業です。
経営者が世襲の企業、地方にある豪族系企業とかが、これからの日本で強くなる可能性はあると思っています。そうした企業を僕は「跡継ぎ企業」って呼んでいますけれど、一般的なプロ経営者が舵取りをしている上場企業とは、やっぱり考えている時間軸の長さが違う。代々続いている跡継ぎ企業は時間軸が長いから、公共性の高いことに投資する姿勢を示しやすいんです。
山口 おもしろい。地方に行くと、いろんな事業をやっている会社がありますよね。
日本にしかとれない戦略
深井 封建資本主義は、資本主義より公共性が高いと思っているんです。日本の地方では、江戸時代でいえば豪農や庄屋のポジションで「地元の名士」的な立場にいる人は、比較的公共性を求められていて、金儲けに走ると人格を疑われるみたいな環境に生きているんですよね。
僕は、生まれたときから家業や会社を継ぐことを前提としている人を「アトツギ経営者」と呼んでいて、注目しています。そういう環境にいる人たちは、利益の最大化というシングルスタンダードでは動けない。公共性と収益性という、矛盾しそうな二つの基準を同時に抱えながら判断しなければならない。これはデュアルスタンダードで、ある意味ずっと苦しんできたとも言えます。
デュアルスタンダードを持った総合判断というのは、理性による判断にはなりえないんですよね。理性で考えれば、その二つは矛盾するので判断できないという話になってしまう。だから西洋はシングルスタンダードに持っていこうとするわけです。でも封建資本主義の世界で生きてきた人たちは、そもそも自分だけが一人勝ちしていい環境にいない。だから自然に、最初からデュアルスタンダードを前提として生きている。
そしてデュアルスタンダードは理屈では片付けられないので、自転車に乗るような身体感覚を使ってバランスをとることになるんですよね。自転車に乗れない人をいきなり乗せても転んでしまうように、これは身体的な知性であって、バランスをとること自体にある程度の経験を必要とする。そのバランス感覚が経験的に最も鍛えられてきた場所が、地方の老舗企業、いわゆる殿様企業だと思っています。だからいまからすぐに追従しようとしても、偶然センスのいい人はいきなり乗れたりするかもしれないけれど、理性の世界だけで戦ってきた人にはいきなりは発揮できない。矛盾する二つのスタンダードをどう織り込めば全体が良くなるのか、という判断に迷うことになるはずなんです。
だからこそ、僕はここに期待しています。もちろんアトツギ経営者もピンキリで全然ダメな人もいっぱいいるけれど、日本各地にキラリと光る、センスのいい人たちはいる。そういった人たちが、スタートアップやベンチャーで活躍できるレベルの優秀な人材を採用して抱えながら、そのバランス感覚によって判断したソーシャルグッド系の事業(社会に対して良いインパクトを与える事業)をやっていく。これは世界的に見てもパフォーマンスが高いんじゃないか、というのが僕の予測です。
日本人にとって、シングルスタンダードの土俵で戦おうとすることは、自分の強みを捨てて戦うことと同義だということでもある。デュアルスタンダードはシングルスタンダードの世界では強みとして立ち現れない。だからこそ、そのバランス感覚が強みとして機能する場所で戦うことが大事なんです。お金をある程度持っている殿様みたいな社長が、Uターンしてきた若い人材やスタートアップで修羅場をくぐってきた人材に「お前の好きなようにしろ」と言える。その現象が各地で起こってくるとき、日本は自分たちの強みで戦えるフェーズに入ると思っています。
山口 なるほど。文化的に重要な施設が取り壊しになりそうだったら、地元の名士が経営する企業がそこを買って「儲からなくてもいいから、料亭でもやれ」って残すとかね。
深井 まさにそういうことですよね。そしてそれこそが、日本にしかとれない戦略だと思うんです。日本はずっと欧米の制度や文化を取り入れようとしてきた。でも、それはある意味で自分の強みを捨てて、シングルスタンダードの土俵で戦おうとしてきたということでもある。割に合わない戦い方をずっと続けてきたわけです。
日本にはいいところもあるし、悪いところもある。アメリカとかヨーロッパともそもそも違うし、欧米の制度や文化を100%入れるなんてことはそもそも無理なんだって思います。でも取り入れようと、矛盾する無理なことをすごく頑張ってきた。ただ、日本には日本にしかとれない戦略があるはずで、これからは、その戦略でいけばいいということです。
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。1970年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『コンテキスト・リーダーシップ』など。
1985年島根県生まれ。2009年、東芝に入社し経営企画に配属。その後、複数の企業を経て、2016年にCOTENを設立。会社を経営するかたわら、Podcast番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」のパーソナリティを務める。