写真提供:DPA/共同通信イメージズ

 AIが情報を集め、思考し、クリエイティブまで生成する時代に、人間に残された創造性とは何か。『超・アート思考』(実業之日本社)から一部を抜粋。代替不可能なユニークさを生み出す思考を手がかりに、人間ならではの表現や価値を考える。

「写真」の登場は「絵画」の表現をどう拡張させたか? 技術だけでは実現し得ない真の「イノベーション」とは何か。

技術はinspireする

『超・アート思考』(実業之日本社)

 技術の進歩は、アートにきっかけを与えます。新しい技術は眼鏡のように知覚や認識そのものを変化させるからです。技術の進歩によって、アートは新しい体験を生み出すきっかけを得ます。

 たとえばカメラの登場によって、風景や人の姿を記録するという新しいモードが生まれました。そして撮影と現像とが短時間でできるようになるにつれ、それは僕らの行動も変えてしまいました。

 たとえば、旅。ごく短時間でイメージを「スナップ」できるようになると、現地での体験よりあとで見返すために写真を撮るほうが大事になり、さらに「アルバム」によって体験を「編集」するようになります。今ではフィルター加工によって色や体型までも変えられるようになり、カメラアプリは現実を写し取るだけのものではなくなっています。Instagramはフィルターで「改ざん」された「実在しないイメージ」を集めた仮想現実のプラットフォームであり、AIにより生成される画像や動画が増えることで、僕たちのイメージについての認識はさらに大きく変わっていくでしょう。

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 重要なのは、技術はツールとして表現を増やすだけではなく、僕らの知覚そのものに作用しそれを不可避かつ不可逆に変容させてしまう、という点です。写真や動画を手の中で簡単に撮れる時代に生まれた僕たちと、文字をもたないアマゾンの奥地に住むピダハン族の知覚はまったく異なりますし、技術がない時代の知覚を取り戻すことはほとんど不可能でしょう。

 作品に新しい技術を採用するかどうかを問わず、新しい技術の登場がアートを変化させてしまうことがあります。近代に印象派やキュビズムなどアートが「再現」とはちがう表現を目指すようになったのには、「写真」の登場が大きく作用しています。遠近法による手描きよりも圧倒的に早く、完璧に近い再現が可能な新しい技術の登場によって、絵画は「再現」ではない存在意義を求めるようになり、「印象」や「表現」や「抽象」の絵画が生まれたのです。写真の登場によって仕事が奪われる危機感を覚えた画家は多く、そのうちの一人であるドミニク・アングルは、フランス政府に「写真を禁止せよ」と要求したと言います。

 これはAIやロボティクスが仕事を奪う、という論争とも似ていますが、写真の登場によって絵画が「再現性」という制約から解放され多様な表現が生まれたように、新しい技術の登場によって表現やその意義が問い直され、新しい「仕事/作品=work」が生まれるきっかけにもなるのです。

アートはchallengeする

 映画は英語でmovieと言います。写真にはない「動き」を加えたのがその特徴です。movieとは「動く映像」ということです。当初の映画には声はありませんでしたが、やがて声も録音再生できるようになり、Talkie(喋る映像)が生まれます。技術は、このように「体験」の可能性を広げますが、それはあくまで「きっかけ」であり、「技術すなわちアート」とはなりません。

 たとえば、映画の撮影技術は初め、単なる記録にしか使われませんでした。映画の祖たるリュミエール兄弟が上映したのは(当時の「動く」の象徴であった)機関車。機関車の走る様子を撮影し、スクリーンに上映した単なる動画はまだ「アート」とは呼べません。

 単なる記録でなく、「映画」がアートになったのは、フィルムを「編集」するという新しい表現技法が生まれたときでしょう。撮った映像をそのまま流すのではなく、時系列を入れ替えたり、カットを割って場面を転換したりする。あるいはカメラが移動し、登場人物の視線を暗示する。このような「編集」の発明によって、「映画」は単なる記録/再生とはちがう、独自の体験を生み出し始めたのです。

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 アートは技術をchallengeする。challengeとは「可能性を試す」ということです。技術は実用性や効率性のための道具ですが、アートはそれとは異なる技術の新しい使い方を試し、それによって体験を拡張します。これは必ずしも先端技術に限った話ではありません。たとえば「詩」は「言葉」という技術の「普通じゃない使い方」をすることでそこに独自の体験の可能性を開きます。画家もまたキャンバスや絵の具という技術を使い、記録や再現にとどまらない新しい可能性を模索し続けているのです。藝術家は、「技術」にchallengeするプロだということもできるでしょう。

 日本では「イノベーション」というと「技術革新」と訳されがちですが、イノベーションとは技術革新だけでなく価値の革新であり文化革新でなければなりません。

 イノベーションをイノベーションたらしめるものは、科学や技術そのものではない。経済や社会にもたらす変化である。消費者、生産者、市民、学生その他の人間行動にもたらす変化である。イノベーションが生み出すものは、単なる知識ではなく、新たな価値、富、行動である。 ――ピーター・F・ドラッカー

 今、企業で「イノベーション」というとAIやロボティクス、バイオ、ブロックチェーンなど新しい技術をお題にされがちですが、新しい技術は「きっかけ」となっても、それだけで新しい体験や文化は生まれないのです。(もちろん今ではAIなど最先端の技術を駆使していますが)FacebookやTwitter(X)はなにもものすごい技術革新によって世界のトップになったわけではありません。

 これらのサービスは、技術的にはインターネットとウェブ・ブラウジングだけで実現でき、取り立てて「ハイテク」なわけでもありません。実際似たようなSNSももっと以前からありました。「技術」そのものによってではなく、「実名制」や「いいね!」、あるいは「文字数制限のある短文」というコミュニケーションを発明し、人類の新しい文化を革新したことがイノベーションを生んだのです。