AIが情報を集め、思考し、クリエイティブまで生成する時代に、人間に残された創造性とは何か。『超・アート思考』(実業之日本社)から一部を抜粋。代替不可能なユニークさを生み出す思考を手がかりに、人間ならではの表現や価値を考える。
過去のデータから「生成」するAIに、真の創作は可能なのか? 「既知」を「未知」へと変える人間の「異化」の力とは?
アート vs AI 身体の「ちがい」と「偶然」「制約」

『超・アート思考』(実業之日本社)
AIは基本的に過去の人間の思考の蓄積から成る「既知」の思考です。AIはものの数分で画像や音楽を「生成」できますが、畢竟それは「過去」の確率論的な「再配置」にすぎません。
とはいえ、「過去」を参照するのはAIだけでなく、人間も同様です。過去の作品を参照せず、まったく学ばない藝術家は三流でしょう。しかし(それ自体が変化し続ける)身体という基体を通すことでランダム性やノイズが入り、「思いもよらないもの」が生まれるのが人間の創造だと言えます。
■「既知」を「未知」にする「異化」の力
AIが「既知」をベースに「生成」するのに対し、アートは「未知」を「創造」します。
「創造」といっても何も物理的につくることを前提としません。千利休のように新たなモノを創らず既存のモノを別の文脈に置くことで、新たな見方や価値を見出すこともできるのです。
こうした「異化」の機能こそ、アートの本質であるとも言えます。
藝術の目的は、物を〈見慣れたもの〉として感じさせるのではなく、〈見知らぬもの〉として知覚させることである。藝術の技法は物を〈異化する〉技法であり、形式を難解にして知覚を困難にし、長引かせる技法である。 ――ヴィクトル・シクロフスキー『手法としての芸術』
日常に透明化し埋没しているものを新たな文脈に置いて前景化する。こうした「既知を未知にする」力こそがアートの重要な機能であり、人間の創造性ではないでしょうか。
絵を描く行為はゼロからの創造行為に思えますが、無から生み出しているわけではありません。絵を描くというのは絵の具や顔料という「ありもの」をカンバスに置いていくことであり、生成AIが過去のデータを確率的に組み合わせて描くのとそれほど変わらない「再配置」でしかないとも言えます。
しかし、人間はそこに新たな意味を見出すことができます。12章で述べたように、配置された絵の具の物理的次元の上に、異なる意味を見出す「多次元性」こそが人間の創造性であり、アートの重要な機能です。
既存のモノを置いただけのデュシャンの「レディメイド」や千利休の「見立て」がなぜ革新的な価値をもつのでしょうか? それは文脈を変えることによって透明化していた既存の常識を問い直し、新たな見方を提示してくれるからです。
絵画や彫刻も、絵の具の配置やマッス(量塊)の物理的次元の上に、意味性が重なることで作品が立ち現れます。アートの創造行為の中では文脈の変化や多元的な意味の複層化が必ず起こっており、これこそ人間の創造性にほかなりません。
■AIがしているのは「創作」か?
こうした「多次元性」もまた、「身体性」をベースにした「想像力」によっています。
AIは今や、文学や絵画、音楽も生成することができます。かつてはAIにはアートをつくることは無理、と言われていましたが、すでにAIが生成した作品(?)は人間がつくったものと区別がつかないレベルになっており、賞を受賞するようなクオリティを実現しています。AIだけが参加するチャット(とされている)moltbookでも「詩」が生まれた、と話題になりました。
しかし、それは根本的には過去の膨大なデータをもとに蓋然性を算出しマッピングしたstraight-forwardな「生成」です。それだけでは「既知」の再生産にしかならず、本書でみてきたようなアートの逸脱やイノベーションとは言えないでしょう。
既知のものを未知のものとしてみる。既存のコンテキストに従うのではなく、むしろそれを逸脱し、コンテキストを「ほどく」ことこそ人間の創造だと言えます。
美学的な概念に「死んだメタファー」というものがあります。当初は「詩」的な力をもつ表現だったものが、次第に紋切り型の表現になってしまうことを指す概念です。メタファーの力は時間が経つと「死んで」しまうのです(たとえば「机の脚」という言葉を聞いても詩的な表現だと感じ入ることはほとんどありません)。
そもそも、メタファーというのは字義どおりには「正しく」ありません。「人間は狼だ」という表現は、字義どおりには誤りです。しかしその誤りによって、すでに了解された語義を超えて、新たな意味が立ち現れます。「人間は狼だ」という表現は、それを聞いた人のうちに人間と狼との共通点を探索する運動を生じさせます。しかし、時間が経ちその表現に馴れてしまうと、徐々にこの運動は起こらなくなり「死んだメタファー」になってしまうのです。
AIによる「生成」は「既知」をそのままのコンテキストでなぞることでメタファーの死を早めてしまうかもしれません。人間の創造とは、メタファーの死を乗り越え、新しいメタファーを生み出し続ける不断の意味の更新作業です。既知のコンテキストをほどき、編み直すことによって既知の概念や言葉が新たな意味を与えられ、再び生き生きとしたものになります。
AIは「既知」の文化資源をラーニングし、それを再生産します。もし人間がそれをそのままに鵜呑みにしてアウトプットすれば、さらにそれをAIが学習していく高速ループの中で「異質性」は減り、やがて出がらしの茶葉のように創造性は薄まっていくでしょう。
人間に求められる創造性とは、既知のコンテキストをほどいてAIによる再生産のループを逸脱する「歪さ」をつくることではないでしょうか。そうしてこそ文化を「消費」するループを抜け出し、新たな文化資源を「培養する」ことができるのです。
ヒューマン・イン・ザ・ループという考え方があります。これは通常、AIの作業の誤りを人間が是正し徐々に精度をあげていくという考え方ですが、これから人間がすべきはむしろ収束しかけたループを「乱す」ことかもしれません。
建築士としてキャリアをスタート後、アート研究者を経てIT業界に転身、ドコモやDeNAにて多数の新規事業を立ち上げ、2017年「全員複業」ベンチャーuni'queを創業し、東洋経済「すごいベンチャー100」に選出。女性特化のインキュベーション事業『Your』から多数の事業を創出しWork Story Awardでイノベーション賞を2度受賞。2023年、日本から世界を席巻するコンテンツを創出するスタートアップ・メタバースクリエイターズを創業し、IVS LAUNCHPAD SEED2024で3位入賞、SBIインベストメント主催SEAでグランプリと電通賞をW受賞するなど注目のスタートアップとなる。資生堂など数々の企業の新規事業アドバイザーを歴任。ビジネスだけでなくアートや教育、ダイバーシティ関連でも取材、講演多数。著書に『超・アート思考』など。福岡女子大学客員教授、長野県立大学客員准教授。
