売れ行きに応じ、本の帯のキャッチコピーが変わることがある写真提供:共同通信社
AIが情報を集め、思考し、クリエイティブまで生成する時代に、人間に残された創造性とは何か。『超・アート思考』(実業之日本社)から一部を抜粋。代替不可能なユニークさを生み出す思考を手がかりに、人間ならではの表現や価値を考える。
社会に風穴を開けるユニークな価値も、とがった「点」のままでは社会に広がらない。自分にしか理解できない価値をより多くの人々に届けるために経るべき思考のフェーズとは?
やがて「常識」になっていく

『超・アート思考』(実業之日本社)
アート思考は「自分だけにみえる」ユニークバリューのゾーンですが、ここで終わると社会には広がっていきません。これはアーティストでもはまりがちな罠なのですが、「自分」だけ分かればいい、というのは「独創」というより「独りよがり」の「独善」でしかなく、単なるマスターベーションでしかないからです。
アートには「コミュニケーション」の要素が不可欠です。つくっただけではアートはアートにはならず、たくさんの鑑賞者が意味を紡ぐことでアートは初めてアートになります。
そしてもちろん、ビジネスでは生み出した価値を広く届けていくのが重要です。
よくスタートアップでは「初期に大事なのは9割がいいと思うものではなく、100人に1人の熱狂」と言われます。しかしこれはあくまで0→1のフェーズでのことです。ニーズすら存在しない0→1のフェーズでは、「これまでにない価値」は最初は理解されず、「点」から始まります。
「点」であることは悪いことではありません。ロジカル思考→デザイン思考→アート思考と一般解を超えユニークさを研ぎ澄ました先端だからこそ、社会に「風穴」をあけられるからです。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、「点」のままでもいけない、ということです。社会を変化させていくには、価値を徐々に広く届けていくことも大事です。起業家の熱量から始まった「シード(種)」でしかなかった事業が、投資家や応援者を得て組織を拡大し、上場企業へと成長していく。最初は荒削りだったスタートアップもmatureになり、「仕組み化」されたロジカルな組織になっていくのです。
これを表すのが下の図の右側の三角形のフェーズです。アート思考的に研ぎ澄まされた「点」は、「自分」にしか理解できない「一人称」ですが、これを広めていくときには相手に伝え共感を得る「二人称」、そしてさらに共通の言葉で「みんな」にも伝わる「三人称」へと広げていく必要があります。
これは5章で紹介したジャック・ラカンの「現実界」「想像界」「象徴界」とも対応します。子供が自分だけの世界から鏡像段階を経て記号的な社会性を身につけていくように、社会に適合していくのです。
「詩」「コピーライティング」「説明文」へと、価値の伝え方も徐々に分かりやすい表現になっていきます。「詩」の言葉は通常の言語体系を逸脱する故に最初は「分かりづらい」のですが、徐々に分かりやすく「当たり前」のものとなります。
時間とともに分かりやすく、当たり前のものになっていくプロセスを「本の帯が変わる」というたとえで説明したりします。革新的な本は、最初は一部の人の間で読まれますが、ある程度売れてくると「〇〇氏推薦!」という帯がつき、推薦者への共感で購入されるようになります。しかしこの時点でもまだ手に取らない人がいて、マジョリティに手にとってもらうには「80万部突破!」などの分かりやすい帯が効果的だとされています。
価値のつくり方も変わっていきます。アート思考フェーズでは、まだ世の中にないものを生み出すので、完全にDIY。時には道具自体も発明する必要があります。しかしこれだけでは広がっていかないので、デザイン思考的な「プロトタイプ」を経て、いずれ工場的な「量産」へと進んでいきます。
これからの時代はAIを用いることで個人でも大量の処理ができるようになってきますから、アート思考的なユニークな事業もますますスケールしやすくなるでしょう。
今誰まで届けるか
文化や価値の変革においては、新しい価値観であるために理解されづらく、既存の常識との摩擦が必ず生じます。新規事業だけでなく、働き方改革やダイバーシティについてもそうした問題をたびたび目にすることがあります。
既存の価値観に安住している大多数の人にとっては「価値観を変える」のに多くのカロリーを消費するため、「抵抗」や「反発」が起こって変化が阻害されることはよくあります。そんなとき、どうしたらよいのでしょうか?
異なる意見の人たちとも徹底的に話し合い、合意を得てものごとを進めることができたら理想かもしれません。しかし正直、まったく話が通じなかったり、頭から理解しようともしないように思える人たちと話していると、不毛な議論に時間をつかうよりは、話が通じる同志たちとだけ変革を進めたほうがいい、と思うこともあります。異論がある人たちに対して、全員に理解してもらいながら進もうとすると変革の推進力も落ちます。
だからこそ、全員に「分かってもらう」のではなく、フェーズによっては「あなたはまた後で!」という戦略をとることも大事です。
アート思考は常識を超えており、かつユニークな「歪さ」に根ざしているため、すべての人が最初から理解できるものではありません。アート界においても、現代アートはほとんどの人に理解されないか、反発されるということがよくあります。
建築士としてキャリアをスタート後、アート研究者を経てIT業界に転身、ドコモやDeNAにて多数の新規事業を立ち上げ、2017年「全員複業」ベンチャーuni'queを創業し、東洋経済「すごいベンチャー100」に選出。女性特化のインキュベーション事業『Your』から多数の事業を創出しWork Story Awardでイノベーション賞を2度受賞。2023年、日本から世界を席巻するコンテンツを創出するスタートアップ・メタバースクリエイターズを創業し、IVS LAUNCHPAD SEED2024で3位入賞、SBIインベストメント主催SEAでグランプリと電通賞をW受賞するなど注目のスタートアップとなる。資生堂など数々の企業の新規事業アドバイザーを歴任。ビジネスだけでなくアートや教育、ダイバーシティ関連でも取材、講演多数。著書に『超・アート思考』など。福岡女子大学客員教授、長野県立大学客員准教授。

